第四話 本気、だったんだね(ルカ視点)
カリナ嬢は只の寝不足だった。数日間徹夜していたらしい。化粧を取ったら目の下の隈が酷かった。なんで徹夜したのかあとで問い詰める必要がある。
「本気、だったんだね。」
馬車の中で自分の声が響く。落ちないようにと、自分の肩に凭れ掛からせてるカリナ嬢の体温がやけに熱い。いや…これは自分の、かな。カリナ嬢とのゼロ距離に心臓が破裂しそうな程バクバクなっている。
――自分、ルカ・トーレスは昔から陰気臭く、いつもジメジメしていて、ネガティブで思ったことを思わず口に出してしまう性格だった。貴族としても、平民としても嫌煙される性格だ。正直、それでも自分が社交界に馴染むようにと色々と手を回してくれた父と兄の方が異常だった。
でも、子供時代の自分にはそんなこと分からなくて。自分を否定されているように感じてしまった。母は公爵家の生まれで、その時はまだ伯爵家の父に嫁ぐというのはプライドが許せなかったらしい。特に自分の存在は母を狂わせた。いつも罵倒され、手をあげられることもあった。
次期伯爵の兄は父に育てられていたので、必然的に自分は母といることが多くて。偶に会う兄や父には、認められるどころか指導されてしまって。自分は誰にも愛されてない、味方なんていないと思い込んでしまった事が原因で、自分の性格は余計に悪い方に転がっていく一方だった。
暫くして、社交界に出てやっと兄たちのしていたことが自分の為だと気づいた。それからは兄たちの優しさに報いる為に魔術の勉学に励んだ。そこから、魔術にハマっていった。自分はさらに引きこもる一方で。幸いその魔術の腕のお陰で家の役にたったのだけは良かったけど。
―――自分を愛してくれる人間なんて、
「ルカ様、愛してますわ!」
自分が閉じこもっていた殻を破ったのはカリナ嬢だった。初めて会った時から欠かさず自分に愛を叫んでくる。比喩じゃない。本当に叫んでくるのだ。朝、机につっぷして寝ている自分に
「おはようございますルカ様大好きですわ今日もお美しいですわねでもきちんとベッドで寝てください研究に没頭してるルカ様も素敵ですけどね」
とノンブレスで大声で叫ばれる。自分が住んでるのは離れで、使用人は三人しかいないにしても、かなり恥ずかしい。それが昼も夜も続いた。嫌、ではない。寧ろ心の中で嬉しさすら感じた。でも、やっぱりどうかと思う。あまりにも毎日そんなことが続き、激重感情を向けられていることに慣れきってしまったことに気付いた時は流石に危機感を覚えたが。
ただ…正直言って、彼女の恋心を信じてきれていなかった。生来のネガティブが出て、彼女の思いが演技で、侯爵家次男の婚約者という席にしがみついていたいからなんじゃないかと。彼女の言動を見てれば、演技にしては流石にやりすぎとも思ったが、自分なんかに恋慕を抱く理由が見つからなかった。
でも…今日のカリナ嬢を見てて分かった。彼女の思いは本物だと。どんなにネガティブな自分でも、認めざるを得なかった。だって、彼女は公爵家の次男に突っかかった。侯爵家よりもあちらの方が身分は上。そんな彼の誘いを断るどころか、まっすぐな瞳で彼に自分が好きだと、伝えていた。侯爵家にしがみつきたいのなら格上のあちらの誘いを受けるはずだし。
そして、そんな仮説を最大限裏付けるのが、彼女の態度だ。公爵殿や、周りの貴族に向けていた表情と自分への落差が凄かった。周りには、取って付けたような仮面の笑顔を。自分には、花が咲くのではというほど愛らしい笑みを。鈍い自分でも気づくレベルだったのだ、周りは当然気づいており、魔術を使って拾った声は殆どがカリナ嬢のこと。「あんな笑顔は見たことがない」…ああ、彼女は本当に僕の事を愛しているのだと、納得させられた。
そこからは何で僕なんかが好きなのだろう、と考えた。公爵に嫌味を言われ、今までなら委縮して独り言が飛び出すのに、不思議と出なかった。寧ろ、そんなことどうでもいいと疑問の答え探しに夢中になり、カリナ嬢の顔色が酷く青ざめてきているのに気づくまで周りの喧騒すら耳に入らなかった。
カリナ嬢が倒れたとき。
ヒュッと心臓を掴まれた心地だった。その後、医師が病状を下すまで自分は死にかけた心地だった。三日三晩研究に取り組んだ魔術式の書いた資料をなくした時も、ヒステリックな母が大切にしていた花瓶を割ってしまった時も、こんなに焦らなかったのに。
嫌だ、死んで欲しくない、生きて何でカリナ嬢が嫌だいやだイヤだ!ああ、こんなことならこんな夜会になんて来るんじゃなかった、死んでしまったら僕はどうすればいい?どうすれば、どうすれば、もうこんなことが起こらないように彼女を監禁してしまおうか
「寝不足ですね」
「えっ……?」
「酷い隈だ、相当徹夜したのでしょう。大丈夫、一夜寝ればすぐ直ります」
「本当ですか!?」
「えっ、ええ」
ほっとしたのも束の間、自分の先ほどの考えにゾッとした。監禁しようなんて考えたのか、僕は?
今も肩に頭を乗せ、「ルカさまあ…愛してます~」と寝言を言う彼女に、嬉しいという感情と共に、このまま誰の目に触れさせたくないと考えてしまう。ああ、自分はこんなに重い男だったのか、という感想と…
ああ、自分はこんなにもカリナ嬢の事が好きなんだな、と自覚した。
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