甦ったお狐さんは。ダンジョン配信者の師匠になる 〜現代ダンジョンによって世界は神秘を取り戻したようです〜

阿伊宇

お狐さんだよ

 ある日、世界中にダンジョンが現れた。内部には異界が広がっており、そこは資源の宝庫であった。それは資源不足に喘ぎ、世界的に不景気に陥っていた情勢の中では、まさに天の恵みであった。けれど内部には凶悪な生物が徘徊するうえ、定期的に駆除しなければダンジョン外に溢れ出して、周囲一帯に滅びを振りまく災害となる。


 資源を確保しつつ、氾濫に対処するには軍だけでは人手が足りない。かくしてダンジョンに潜る民間人である探索者が出現した。やがてダンジョン内が整備され、通信手段や安全の確保が進むと異界の様子を配信する者も現れ、ダンジョン配信が一躍ブームとなった。




 そして、これに伴って世界から神秘が取り戻されていくこととなった。人によって存在を否定された神は再び顕現し、陰陽師の血は活性化し、伝承は事物に神性を与える。世界に満ちる魔力は妖精に命を与え、亡霊は冥界より帰ってくる。妖怪もまた存在を取り戻した。








     ◇








 空依そらより凛りんは縁側に座って、お茶を啜る。黒髪黒目で至って平凡な見た目の彼女は、少女だというのに不思議な年寄り臭さを感じさせる。


そして凛の視線の先には黒檀の髪を一束に結った見目麗しい少女が。周囲を飛び回る紙の鳥に対して、舞うように剣を振っている。


それは凛の意思に従って複雑怪奇な軌道を描き、盲点なども付いているというのに、次々と叩き落されていく。隙を狙っては攻撃も差し込んでいるが、それも悉く回避され。




「強くなったねえ」




 思わず、呟きを零す。ちゃちな玩具とは言え、術を縛り、木剣一本でこれを凌ぐのは並のことではない。彼女───布都ふつ紬つむぎを偶然ダンジョンで助け、弟子入りしてきた時のことが信じられない程の進歩だ。


 どれ、少し難易度を上げようか。そう独り言ちて、紙の鳥のおかわりを飛ばしていく。




「待って先生! 五羽はキツイです! しかも幻術まで使っているじゃないですか!」




「お前ならきっとできるさ」




「むりむりむり! 当たったら痛いんですから加減してくださいっ!」




「お前ならきっとできるさ」




「会話が成り立たないやつ!?」




 紬もわーわー騒いでいるが、その動きに陰りは無く、見事に全てを捌いている。だから凛も目を細めて、のんびりとお茶を啜りながら見守っていた。最初は回避に注力していたが、やがて一羽叩き落せば、あとは消化試合に過ぎない。あっという間に全羽地に堕ちた。




「よしっ! 終わったーっ!」




 そう言って、紬は仰向けに倒れる。




「服が汚れるよ。こっちに来なさい」




「はーい」




 返事は元気に。少女はのそりと起き上がると、凛の隣に腰を降ろした。ああ、言わんこっちゃない。内心でそう愚痴る。彼女の艶やかな黒髪も、背も、汗と泥に塗れて惨状を呈していた。




「拭くから、そっちを向いていなさい」




「えー……今日の稽古も終わってないですし、どうせ後でお風呂に入りますし、そんな態々拭かなくても」




「それでも、だよ」




 凛はタオルを手に取ると、丁寧の汚れを払っていく。あとで風呂に入るとはいえ、彼女は女の子なのだ。あまり汚れたままでいるものではない。考え方が古いのかもしれないけれど、生憎凛は古い時代の存在である。


 その間、紬は足をぱたぱたとさせている。全く落ち着きに欠ける娘である。けれど、彼女はそう言えばですけどと前置きした上で、おもむろに口を開いた。




「先生、配信でませんか?」




「配信? それはお前がやっているダンジョン配信かい?」




「はい。この前、人を探しているって言っていたじゃないですか。だから少しでも協力できないかなって」




「ふむ」




 たしかにこの前会った時に、そう言ったと記憶している。けれど、凛にとって人探しはそう急いだ問題ではないのだ。懐かしい顔に会いたい気持ちはある。けれど、連中は一癖も二癖もあるやつらだ。現世に蘇っているのならその内出会えるだろうと確信している。


 数十年間、凛は放浪生活をしているが、それだって人探しのためではない。それはあくまでついでだ。この数百年ですっかり変わってしまった世界を見て回るのが本題なわけで。むしろ、彼女らに見つかったら定住生活になってしまうだろうという懸念さえあるわけで。




 けれど、人に化けて暮らすのも十分かもしれないとも思う。長いこと好きに生きてきた。世界中を旅し、時間とダンジョンが齎す変革も目にした。なら、そろそろ腰を落ち着けるのも良いかもしれない。




「そうだね。お願いしてもいいかい?」




「はいっ!」




「なら、私も術を解こうか」




 そう言って、人化の術、解除と呟いた瞬間、少女から白の粒子が発せられ、輝きが体を包み込む。やがて光が晴れた後、そこにいたのは平凡な少女ではなく、




「わあっ、久しぶりに見ましたけど、やっぱり綺麗ですね!」




「そう言ってもらえると嬉しいね」




 お月様のような白の髪に同色の狐の耳と尻尾を生やした、まさに月のような少女だった。

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