第19話 過去からの成長

「すう......はあ......」


 月曜日の十時前、夏紀は一人深呼吸をしていた。

 普通の状態でいることができなかったのだ。

 少し遠くの待ち合わせ場所で待っているクラスの人を見れば緊張してしまう。

 

 二、三分こうしているのでそろそろ行ってもいいのだがなかなか踏み出せない。

 学校とはまた違うので怖いと思ってしまうのだ。

 待ち合わせの時間まではまだ少し時間がある。

 しかしこうして緊張が解けるのも待っていても埒が開かない。


 昔は遊ぶことが当たり前だった。

 ただ、今思えば遊びに付き合ってもらっていたのかもしれないと思う。


 (俺......行って迷惑じゃないよな)


 そんな不安を抱えていると恵都の言葉を思い出す。

 少なくとも恵都は歓迎をしてくれていたのだ。

 それにグループラインに入った時も嫌がられている雰囲気ではなかった。


 緊張は解けなかったが深呼吸をもう一度して、待ち合わせ場所に向かった。


「......よっ」

「お、夏紀、来てくれて良かったあ」


 夏紀はまず恵都に挨拶をした。

 いきなりあまり面識のない人に軽々しく挨拶できるわけでもない。

 

 すると恵都は笑顔でいつも通りだが他の人の視線や表情がどうしても夏紀は気になってしまう。


「沢渡くんだっけ......? こういうのいつも来てなかったよね?」


 恵都と挨拶を交わした後、クラスの女子が夏紀にそう聞いてきた。

 単純な疑問なのだろうがやはり不安になってしまう。


「そう......だな。えっと、参加しない方が良かったか?」

「あ、ううん、違うの。みんなで遊ぶんだからさ、参加してくれて嬉しいなって」

「なら......良かった」


 予想していたことだが微妙な空気だ。


 こうしていると過去のことを思い出してしまう。

 やはり人間関係を構築するのは苦手だ。


 (これなら俺......最初から参加しない方が......)


 成長するために来た上にここまで来た以上逃げる気はない。

 ただ、弱音を心の中で吐いてしまう。


 そうしていると夏紀は恵都に首に腕を回された。

 恵都の方を見ればニコニコとした笑みを浮かべていた。


「こいつさ、女子と話す時だけこうなるの。けど普通に話しやすいから仲良くしてやってくれ」


 まさかそんないじりを受けると思わず、夏紀は困惑する。

 

 救済のつもりなのだろうがみんなの反応的にはどうなのだろうか。

 そう思って表情を見れば男子は笑い、女子は苦笑していた。

 どうやら悪いものではなかったらしい。


 しばらくしてメンバー全員が集合場所に集まる。


 それからの時間はかなり非日常的だった。

 テーマパークに行ったのだが恵都の助けもあってかなりグループに馴染めていた。

 最初に緊張した必要がないくらい夏紀を拒否する人は誰もいなかった。


 恵都以外とも笑ったり、笑われたり。

 

 夏紀は自分から逃げて今まで閉じこもってきた。

 けれど外の世界は怖くなくて、むしろ居心地が良いまであった。


 前の夏紀に戻って馴染んでいるわけではない。

 今の夏紀でみんなと仲良くしているのだ。


 (変な感じ......だけど悪くないな)


「夏紀ー、折角だから最後にみんなで写真撮るぞ」

「わかった」


 この調子が続くかは分からない。

 しかし最高に楽しい気分であることは夏紀の無意識の笑顔が物語っていた。


 ***


「夏紀、聞いてくれよ、さっき恵都がさ......」


 遊びから一週間が経った月曜日の休み時間、気づけば夏紀の周りに人ができていた。

 ついこの間までは考えられない光景だ。

 

 夏紀の机を取り囲むのは恵都含めて四人ほど。

 特に恵都と仲良くしていたグループに夏紀が入ったのだ。

 

 恵都には遊んだ時もかなり助けられていたので感謝しかない。


「いや、本当だって! これ絶対脈アリだよな!?」

「お前が自意識過剰なだけじゃね」

「夏紀もそう思うよな!?」

「うーん、脈無し」

「えー、まじ? 脈アリだと思うんだけどな」

「ちなみに俺の彼女は......」

「恵都の惚気はただの自慢にしか聞こえんから喋んな」

「ひどっ!?」

「はは、たしかに」


 話す話題は特に決まっているわけでもない。

 授業の話から恋愛の話まで様々。

 他愛もない会話だがどれも自然と笑いが湧いてくる。


「そういえばさ、このメンバーで今日放課後どっか遊びに行かね?」

「あり、どこ行く?」

「カラオケかボーリング......前ボーリング行ったしカラオケ行くか」


 気づけば放課後に遊びに行く話になり、夏紀も当たり前のように入れられている。

 それが嬉しくて顔には出さなかったが笑みが溢れそうな状態だった。


「夏紀は? 何か予定入ってる?」

「特にない、行ける」

「よし、じゃあカラオケ行くかあ」


 何を歌うか話し合っているとメールの通知が鳴った。

 夏紀は会話しながらメッセージを確認だけすることにする。


『今日、放課後、一緒に帰らない?』


 送り主は静音だった。

 最近は静音といる時間も減っていた。

 朝、一緒に登校すらしていない。

 

 寂しい、静音との日常的だった時間が今はない。

 しかし夏紀の望んだ通りにはなっている。

 

 (今の生活に慣れたら、静音に......想いだけでも......)


 もう少し自分を見直したい。

 まだ静音の側に立つには早い。


『ごめん、先約入ってる』

『わかった、また遊びに行こ』

  

 静音の特別でありたいと思うならそれ相応の努力をしなければならない。

 何せ静音には好きな人がいるのだ。


 誰かは知らないが依存していた夏紀はまずないのでハードルは高い。


 ただ、もし振り向かせられなくても潔く諦める。

 

 (振られたら......静音の恋愛に協力してくれと言われたら素直に協力してあげよう)


 静音のことを考えるたびに胸が苦しくなる。

 けれども日を追うごとに静音への想いが募っていく。

 

 やはり恋愛は難しい、しかしそんな苦悩も悪くないと何故か思えた。

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