第18話 寝落ち通話

『ねーねー、今暇?』


 金曜日の夜、特にすることもなかったので勉強をしているとメッセージの通知がスマホから鳴る。

 

 テストが近い訳でもないので特に気は張っていない。

 なので夏紀はスマホを開いてメッセージを確認することにした。

 するとメッセージの相手は静音だった。


『だいぶ暇』

『じゃあ通話しない?』

『いいよ』


 静音から通話のお誘いとは珍しい。

 何の用もない通話は静音とは滅多にしないのだ。


 夏紀がメッセージを送った後、すぐに静音から電話がかかってくる。

 一コールと待たずに応答ボタンを押した。


「やっほー」

「どうも、ていうか珍しいな、静音から通話したいだなんて」

「あんまり寝れなくて......な、何となく夏紀の声が聞きたくなってさ」


 予想していなかった返答に夏紀はドキッとしてしまう。

 とはいえ勘違いさせるようなことを言うのはやめてほしいものだ。


「そ、そっか......俺の声に需要あるか?」

「夏紀って低い声だしさ、聞いてて安心する。それに......夏紀の声、私は結構好きだし」

「......よく分からないがそういうものなのか」


 夏紀は静音に好きと言われてどう返せばいいか分からなくなってしまう。

 すると面白おかしく聞こえたのか静音がクスッと笑った。


「ふふ、絶対、今顔赤いでしょ。照れてる」

「バレたか、褒められ慣れてないんだよ」

「もっと褒めてあげよっか?」

「遠慮してくれ」


 スピーカーにせず夏紀はスマホを耳元に当てて話している。

 だから静音がベッドを転がったりして体を動かす音が鮮明に聞こえてくる。

 それだけでも無論、ドキドキする。

 なのにも関わらず寝る前だからかいつもより色気のある声で褒められては心臓がもたない。


「ちなみに今何してたの?」

「勉強」

「あー、ごめん、邪魔しちゃった?」

「全然大丈夫だ。暇で勉強してただけだから」

「暇で勉強って......偉いなあ」

「やること無さすぎるといつの間にか机向かってる」


 スマホも触りはするがすぐに飽きる。

 結果、いつの間にか机に向かっていて勉強しているのだ。


「近頃はこの調子だな。遊ぶ相手もいない訳だし」

「あ、じゃあ、明後日空いてる?」

「明後日か......」

「四連休暇だからどこかで遊びたいなって思ってさ。その......二人で」


 これ以上ないほど嬉しい誘い。

 本心としては行きたい、とても行きたい。


 けれど静音に依存してしまっている以上、この提案に乗ってもいいのだろうか。

 

 (行きたい、行きたい......だけど)


 距離を離すと決めて夏紀は少しずつ離しているつもりだった。

 ただ、こうして距離が近づいていっている気がする。

 

 距離が近くなれば静音への依存も増える。

 静音にはこれ以上迷惑はかけたくない。


「無理......そう?」

「ちょっと待ってくれ、予定確認してみる」


 ただ、静音からの誘いを断るのもそれはそれで申し訳ない気がした。

 

 ひとまず予定の有無だけ確認しようと思い、カレンダーを見る。

 すると明後日である日曜日は普通に予定が入っていた。

 

 行く行かないの問題ではなくてそもそも行けない。


「すまん、予定入ってた」

「んー、じゃあ月曜日は?」

「その日も無理だ。クラスの人たちで遊びに行く」

「人たち......? え、夏紀、そういうの参加しないタイプじゃなかったっけ」

「何となく参加してもいいかなって」

「逆に心配になるんだけど......何かあった?」

「......大したことでもないよ。楽しそうだなって気が変わっただけ」

「そっか......じゃあ仕方ないね。明日と火曜日は私も用事あるし」


 静音は残念そうにため息をついた。

 

 遊びに行きたい、けれど今のままではダメなのだ。

 夏紀が今まで逃げ続けてきたツケを払わなければならない。


 だから夏紀は、また遊びに行こう、とは言えなかった。


 それからは他愛もない会話が続いた。

 しかし電話は慣れそうにもない。

 胸の鼓動はいまだに通常より速いペースで打っている。


「ちなみにさ......夏紀は私のことどう思ってる?」

「どう思ってるって......というより声ふにゃふにゃだぞ。寝た方がいいんじゃないか?」

「夏紀が......質問に答えてくれたら......寝る」

 

 声がいつもよりふにゃふにゃとしていて言葉も途切れ途切れ。

 眠気が来ているのだろう。

 どういう意図があってこの質問をしたのか分からないが困る質問だ。


 (堂々と好きって言えたらいいんだろうけどな)


「大切な友達......幼馴染だよ」

「......そっか。私は友達止まりなんだ?」

「え? それってどういう......」

「私にとっての......夏紀くんは......ね......」


 そうして静音は何かを言いかけたところで寝落ちした。

 可愛らしい寝息が電話越しに聞こえてくる。


「......おやすみ、静音」


 夏紀は通話を切った。


 あの後、静音は何を言おうとしたのだろうか。

 恋をするたびに彼女の隣にふさわしくないという事実が胸を痛くさせる。

 けれどそれと同時に楽しくもあり、顔も赤くなる。


 ひとまず今日は寝ようと夏紀もベッドに行くことにする。


 しかし胸のドキドキがおさまらず、とても寝れる状態ではなかった。

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