第17話 決意
「急いでも電車間に合わないな......一本遅らすか」
放課後、夏紀はそんなことを考えながら教室に向かって校舎を歩いていく。
掃除のゴミ捨てじゃんけんに負けて、先生にも用件があるからと職員室前に呼び出しもされて帰りが遅くなっていた。
時刻は午後五時過ぎ、五時十分の電車には間に合わなさそうである。
夏紀がそうして鞄を取るために教室に戻っていると西階段の方から声が聞こえてきた。
西階段はあまり使われていない階段なので告白の名所だとか言われている。
何を喋っているかはわからないが廊下に誰もいないので音が少し響いてくる。
もしかして告白だろうか。
そしてその声は静音の声に似ていた。
気になった夏紀は西階段の近くに行き、耳を澄ました。
どうやら声は一階から聞こえているようだった。
「話って何かな......北条くん」
静音から発せられた名前は北条のことだった。
たしか告白すると言っていたがこの日だったらしい。
夏紀は盗み聞きに罪悪感を抱きつつも離れられないでいた。
結果が気になるからだ。
もし静音の言う好きな人が北条であればほぼ十割付き合うだろう。
そうなれば距離も必然と離せて、依存もなくなる。
夏紀も静音に迷惑をかけなくなる。
なのになぜそう考えると胸が締め付けられる感覚に襲われるのだろうか。
「急に呼び出してごめん。伝えたいことあってさ」
「......うん」
夏紀の心臓の鼓動も段々と速くなっていく。
息がしづらくなった夏紀は胸を右手でぎゅっと掴んだ。
「俺は......静音のことが好きです! 付き合ってください!」
北条は少し間を置いた後、そう言った。
しばらく沈黙が流れる。
その間、夏紀は自身も左手を無意識のうちに強く握っていた。
「ごめんなさい、あなたとは付き合えません」
「......何でか理由聞いてもいい?」
「他に好きな人がいるから。その人と付き合いたい。だから......ごめん、北条くんの何がダメとかはないけど」
「......そっか、ごめん時間取らせて。友達としてはこれからもいていい?」
「うん、友達としては今まで通りよろしく」
「じゃあ、また明日」
「ばいばい」
静音の好きな人は北条ではなかった。
北条だと思っていたがそうではなかったらしい。
どちらにせよ静音の好きな人は別にいるというのになぜ少し安堵してしまったのか。
安堵したというのになぜまだ胸の苦しみがあるのか。
依存もあるかもしれない。
けれどそれ以外の感情もある。
静音のことが本気で好きだ。
しかし今のままではまだスタートラインにすら立っていない。
(諦めるんじゃなくて頑張れるだけ......頑張るか)
自分を変えるため、静音への依存をまずは無くさなければならない。
「やっぱり恋愛って難しいものだな」
夏紀はそう呟き、教室へと再び歩き出した。
***
「ああ、授業疲れたあー」
休み時間、恵都はそう言って夏紀の机にもたれかかる。
五時間目なので疲れるのも無理はない。
眠気や疲労と戦った後の五時間目はさらに疲労が溜まる。
「今日はでもあと一限だぞ」
「だな、それに今週終われば四連休だし......なんかやる気出てきたわ!」
恵都は急に立ち上がって笑みを浮かべた。
そんな恵都を見て夏紀も笑う。
「ふふ、四連休は遊び放題だぜ」
「そういえばみんなで遊びにいくとか言ってたよな。どこ行くんだ?」
「特にまだ決まってないんだよな。そこそこ人数多いし、大きめのところ行くだろうけど」
「......なるほど、いいな」
「夜飯も行ける人は行くかな......夏紀はやっぱり用事ある? 来たいなら全然歓迎するぞ」
「俺は......」
恵都からの二回目の誘い。
ここで前のように用事があると断ってもいい。
大体、クラスみんなで行くとなると一人になることは確定している。
それにやっぱり怖い。
遊びに行くということは自分から交流を持ちに行くことになる。
これ以上交流を持って、また失敗するのは避けたい。
「俺はやっぱりやめ......」
夏紀がそう言おうとした時だった。
静音のことが頭に浮かんだ。
このまま交流を避けて恵都と静音と二人とだけ交流を持って学校生活を送る。
それも良いかもしれない。
ただ、自分の過去から、自分の弱みから逃げていることにもなる。
(......そうだ、俺は最初から逃げていただけだ)
夏紀は最初から自分を直そうとしていなかった。
解決と思われた方法も逃げていただけ。
あの時も、自分の性格を少しずつ変えられていたら、落ち込みを自分の糧に変えられていたら。
「いや、その......お、俺が行ってもいいのか?」
夏紀は恵都に向かって気恥ずかしさを覚えながらもそう言った。
どんな反応をされるか怖かったが恵都は満面の笑みを浮かべていた。
「もちろん! 大歓迎! グループに追加しとくな」
「お、おう......わかった」
本当にこれでいいのかと思った。
けれどやっとあの頃から一歩踏み出せた気がした。
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