第16話 恋と依存
「大丈夫か? 顔死んでるぞ」
昼休み、食堂で一人黙々と食べていると恵都がそう言って前に座った。
実を言うと今日は夏紀は一日中集中できていなかった。
それが恵都に見抜かれてしまったらしい。
単純に疲れているというのもあるが、静音に関することで悩んでいたからだ。
昨日の放課後からずっと胸が苦しい。
自分の気持ちに気づいた上でそれを夏紀は封印しようと思った。
けれど朝、いつも通りに静音と登校して、いつも通りに会話して。
結果、静音への気持ちは変わらなかった。
夏紀はどうすればいいのか、自分でもよくわからなかった。
「大丈夫、普通に疲れただけ」
「俺のカレー、一口食うか?」
恵斗はそう言って自分のカレーをスプーンで掬い、夏紀の前まで持ってくる。
一口貰えるならと恵都の優しさに甘えて夏紀はそれを食べた。
「うん、美味い......俺の麺もいる?」
「いらねえよ、今日はカレーの気分だったからな」
「......なるほど」
夏紀は恵都の方を見る。
恵都は夏紀の視線に気づかずに一生懸命に美味そうにカレーを頬張っていた。
「なあ、恵都......」
自分の気持ちを恵都になら言ってもいいかもしれない。
口が硬い上に相談となると親身になってくれる。
それに自分の複雑な感情を整理するために誰かに話を聞いて欲しかった。
「どうした?」
「相談があるんだが......」
「おうよ、友人の悩みなら聞く。言ってみ」
夏紀は恵都に心のうちを全て恵都に打ち明けた。
静音のことが好きなこと、けれど静音には好きな人がいること、幼馴染とはいえ住む世界が違ってどうしようもないこと。
何も言わずに恵都はただ聞いてくれた。
そして言い終えると恵都は「なるほどね」と呟いた。
「夏紀も思春期って訳だ。恋愛してるじゃん。前に好きじゃないって否定してたのに」
「気づいたのはここ最近だからな」
「ふーん、好きになった理由はとかきっかけは?」
「理由......か」
いつも隣にいる静音に気づけば意識してしまっていた。
気持ちに気づいたのは最近でも好きだったのはもう少し前かもしれない。
「きっかけとかは特にない。理由は......強いていうなら俺の近くに今でさえもいてくれること、だな」
「幼馴染だもんな」
「それはそうだが静音とは性格も違う上に距離も一回離れてた。けどまた静音の方からお構いないしに近づいてくれて、そんな静音の側にいるのが楽しくて......」
「気づいてたら好きになってたと」
静音と一緒に時間を過ごすのは楽しい。
もっと一緒にいられたら、学校でもっと話せたら、そんなことを思ってしまう。
「でもだからこそどうしていいかわからない......静音の彼氏になりたいと思ってるけど怖い」
「怖い?」
「静音はそんな人じゃないってわかってる。けど前の彼女に浮気されてるから恋愛自体にトラウマがまだ残ってる」
「なるほど......そりゃそっか、癒える訳でもないし、心の傷としては残るよな」
「それに静音にアプローチしたところで迷惑なだけなんじゃないかって。自分の気持ちに気づかれたら今まで通りの関係ではなくなる。だからまた静音と距離が離れるかもしれない。そうは......なりたくない」
静音に恋愛感情を抱いている反面、今のままが良いとも思っている。
けれどもっと一緒にいたいという矛盾。
自分がどうしたいのかわからなくなってくる。
夏紀が頼んだラーメンのスープをただ眺めていると恵都はクスッと笑った。
「なんか青春してんなあ......いっそのこと告れば?」
「そう簡単に言うな。さっきも言ったけど今すれば関係が崩れる。成功はまずないだろうし」
夏紀がそう言うと先ほどまで笑っていた恵都が眉をひそめて、ため息をついた。
雰囲気の変わりように夏紀は少し怖くなる。
「なあ、さっきからちょっと思ってたんだけど、それ依存じゃないの?」
「依存? 俺が静音に?」
「恋愛感情かなって思ってたけどやっぱり夏紀のそれはただの依存だ」
「依存な訳......」
夏紀は恵都の言葉に反論しようとする。
しかし思い当たる節が多くあり、口を閉じた。
(依存......静音に依存してるのか......?)
「夏紀は静音が側にいて欲しいだけ、何じゃない?」
恵都にそう言われて何もいえない。
たしかに静音には今までたくさん助けられてきた。
もし静音が昔から夏紀の側にいなければ今の夏紀はなかった。
高校生になった今でさえ静音がいなければ危ういときもあった。
恋愛感情ではなくて本当にただの依存なのだろうか。
(思い返せば静音に頼ってばっかりだし......迷惑しかかけてないよな)
「そう......なのかもな。静音に一緒にいて欲しい、本当にただそれだけなのかもな」
「え、えっと......別に夏紀の感情をすべて否定してる訳じゃないからな。依存だと大変だからって理由で言っただけで......」
「いや、普通に依存かもしれない。ありがとう、恵都」
夏紀はひと足先にラーメンを全て食べ終えて、立ち上がった。
そして返却口に向かう。
やはり依存なのかもしれない。
であればこのままの関係でいた方が良い。
そんなことを考えていると静音の声が廊下側から聞こえてくる。
目をそちらに移せば友達数人で笑いながら歩いている静音の姿があった。
(いや、やっぱりこのままでは迷惑かけっぱなしだ。静音とは少し距離を取った方が......いいのかもな)
静音の方から視線を外して、夏紀は教室に戻った。
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