第13話 陽キャと幼馴染

「夏紀、この前は本当にありがとね」


 朝、登校中、駅から出て学校はもうすぐというところで静音は突然そんなことを言い出した。

 

 唐突に感謝されたので夏紀は何のことか分からずに困惑する。

 この前と言っても感謝されるような行為をした覚えはない。


「何のことだ? 俺、感謝されるようなことしたか?」

「前にさ、相談乗ってくれたじゃん。男性が苦手なったって話」

「たしかにしたな」

「もう結構平気になってきたから気遣わなくていいよ。電車乗ってる時とかさ今まで色々配慮してくれてたでしょ? でももう大丈夫だから。その......今までありがと」

「お、おう、どういたしまして」


 夏紀は静音から目を逸らしてそう言った。

 ストレートに感謝を述べられると少々照れ臭い。


「けど......さ。今まで通り一緒に登校してもいい?」

「ん、全然いいぞ。一緒に行くだけでも安全だしな」

「えっと、そ、それもあるんだけど、そうじゃなくて純粋に夏紀と一緒に登校したいなって思ってさ」


 静音は頬を赤らめながらそう言った。

 そして静音は逸らしていた視線を合わせてニッコリと笑う。


 その言葉や仕草に夏紀の胸はいつもより早く鼓動を打っていた。

 うまく言葉がまとまらない。


「ダメ......かな?」

「べ、別にいいけど」

「やった......あ、そういう意味じゃないからね? ただ単に友達と登校するの楽しいからってだけで、夏紀と話すの楽しいし......」

「静音と話すのは俺も......楽しい」


 そこからしばらくの間、沈黙が流れた。

 何故かここ最近の静音は夏紀にとってより魅力的に映っていた。

 静音の何気ない動作でも胸がおかしくなってしまう。


 (......あー、もう、何だよこれ)


 体は暑くなっていて思考がうまくまとまらない。


「......あのさ、夏紀は」


 そして沈黙の末、静音が何かを言いかけた。

 しかしその時、横から聞こえてきた声がそれを邪魔した。

 

「よ、静音、おはよう」

「あーっと、お、おはよう......北条くん」


 静音が北条と呼ぶ男子は夏紀の方にも目をやったので目があってしまう。

 夏紀は軽く会釈をしておいた。


 間もないうちに男子一人、女子一人も後ろからやってくる。

 全員の顔に夏紀は見覚えがあった。

 たしか、静音と校門で待ち合わせた時に見た静音と仲の良い人たちだ。


 そして静音を含んで何やら話をして盛り上がっている。

 クラスも違うし、これ以上いても気まずいだけなので夏紀は早足で学校に入り、教室へ向かった。


 ***

 

 昼休み、いつもは食堂で昼食を食べている夏紀だが今日はいつもと違って購買に来ていた。

 

 恵都に教室で一緒に食べようと誘われたからだ。

 弁当があればいいのだが親は仕事で作る暇がないし、自分で作る気もない。

 作ってあげると言ってたまに妹が作ってくれるが俺の嫌いなものしか入れないという嫌がらせをしてくるので夏紀から断っている。


 並びながら何を買おうかと思い、体を少し横にずらして今日の商品を見る。

 唐揚げ、おにぎり、ハンバーガー、あとは菓子パンやアイスなども売られている。

 購買に来たのは久しぶりで、品揃えが少し増えているように感じる。


 しかし今の所持金は五百円程度で財布と相談する必要がある。

 そうして硬貨の数を数えながら財布と睨めっこしていると十円玉が一枚地面に落ちてしまった。


「これ、どうぞ」


 夏紀が拾い上げようとすると、その前に後ろにいた人物がそれを拾って夏紀に渡した。

 ありがとうございます、と夏紀は礼を言う。

 

 すると、その人物の顔が夏紀の視界に映った。

 その人物は朝に静音に声をかけていた人物だった。

 

 おそらく向こうも顔は知っているが会話したことがないので話すことはない。

 何か話そうかと少し思ったが話す必要性もないと夏紀は前を向くことにする。

 しかし、そう決断した夏紀とは違って夏紀が前を向く前に北条は夏紀に話しかけた。


「あの......静音と朝一緒にいた子だよね」

「え? ああ、そうだけど」

「名前なんて言うの?」

「沢渡 夏紀」

「夏紀、か。漢字はどうやって書くん?」

「季節の夏、に、何世紀とか紀元の紀」

「へー、俺は北条 将人ほうじょう まさと。将軍の将に人って書いて将人。よろしく」

「よろしく」


 この先、会話する機会はあまりないと思うが、社交辞令的なものだと思って挨拶をしておく。

 話ぶりや声色、口調から将人は根っからの陽キャなのだろうと夏紀は思う。

 笑顔が多くて第一印象は好青年。


「夏紀ってさ、静音と仲良いの? 今日の朝とか、前も放課後一緒に帰ってたよね」

「あー、まあ......幼馴染」

「なんか前に静音も言ってたわ。二人は付き合ってるん?」

「いや、全然、単なる幼馴染」

「そっかそっか、付き合ってへんのか。付き合ってるんかと思ってたわ......よかった」

「よかった?」

「ああ、いやいや、何でもない。まだ唐揚げ残ってたから」


 そんな会話をしていると夏紀の番が回ってくる。

 あらかじめ決めておいたものを注文した。

 そして将人に別れを告げて教室に戻った。

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