第11話 事故と恋
「ねえねえ、今週末空いてる?」
朝、静音と共に登校していると夏紀は静音にそんなことを聞かれる。
あの現場を目撃してから数日が経った。
恨みを持たれて報復でもされるかと少し身構えていたがそんなことはなかった。
すれ違っても気まずい空気すら流れず赤の他人のようだった。
一方で由花の方はというと浮気をしていたという噂が流れてほぼ全員に距離を置かれるようになったらしい。
おかげで数日は一定の生徒から同情の目で見られていた。
静音との関係はもう元に戻ったと言っていいだろう。
中々切れなかった由花との縁が完全に切れた代わりに静音との縁が修復された。
「空いてる」
「じゃあ私の家遊びに来ない?」
「家? 別にいいけど......やることあるか?」
「あー、えっと......ほら、昔よく一緒にゲームしたし、そのゲームまた夏紀とやりたいなと思ってさ」
「あー、よく一緒にやったな。ていうか名前忘れたけどクリアできてないゲームもあったよな」
「そうそう、だからそういうゲームまたもう一回やって遊びたいなって......」
「わかった、じゃあ遊びに行く」
「ほんと? やった」
静音はそう言ってニコッと笑った。
昔のゲームに久々に手をつけるのも悪くないかもしれない。
小学生の頃、お互いの家に行ってマルチプレイのゲームをかなりした。
中にはクリアできなかったゲームもあるので久々にして遊び尽くすいい機会だ。
それに中間テストも終わっていて、期末テストはまだ先。
一度、勉強を忘れて思いっきり遊ぶにはちょうど良い。
「俺からも一緒にやったゲームのカセット持ってくぞ」
「うん、お願い、そんなにできるかわからないけどね......ていうか、そ、その......いっそのこと家泊まっちゃう?」
髪をくるくるさせながら静音はそう言う。
静音の家に泊まったことは過去に何回かある。
しかし小学生以来泊まっていない。
高校になって泊まるとなると思春期ということもあってお互い意識する部分が多すぎる。
別に夏紀は静音にそういった感情を抱いていないし性的な感情なんてもってのほか。
とはいえ泊まりとなると話はまた別になってくる。
それに静音の方が怖いだろう。
思いつきで発言しているのだろうが寝る時に家族でもない男性が同じ部屋にいるのだ。
幼馴染で異性の中で一番仲が良いとはいえ流石に怖いだろう。
オールをすればまた話は別になってくるのだがそれはそれで次の日がきつい。
「泊まっちゃえば全クリいけるでしょ」
「あー、ちょっと泊まりはきついかも。日曜日は朝から家族で用事があるから」
「そっか、それは仕方ないね。じゃあ土曜日遊ぶ?」
「ん、土曜日の朝から行ってもいいか?」
「いいよ、どうせ暇だし」
静音はそう言って笑顔を浮かべる。
ただ、その頬はいつもより少し赤みを帯びていた。
***
「夏紀、おはよ、どうぞ上がって」
土曜日の朝、約束通り夏紀は静音の家に来ていた。
中学時代も大体は家じゃなくて外で遊んでいたので久しぶりに静音の家に上がった。
しかし記憶とそう違いはなく、部屋へ上がっても想像通りの部屋だった。
「ゲーム持ってきた?」
「おう、全クリしたやつは持ってきてないけどやり残したのは何個か」
「あ、懐かしい......これも懐かしいー!」
静音はそう言いながら、夏紀が開けたバッグを覗き込んで何個かカセットを取り出す。
パッケージを見ただけでも夏紀も懐かしさが込み上げてくる。
「どれからやるか迷う、夏紀はどれからやりたい?」
「んー、アクション系やりたいところだな」
「じゃあこれとかどう? ボス戦難しくて挫折した覚えあるけど、今なら行けるんじゃない?」
静音はそう言って机に並べてあったカセットを取って、夏紀に見せる。
夏紀が承諾すると、静音は昔していたゲーム機をテレビに繋げた。
そうして夏紀と静音はしばらくゲームを楽しんだ。
小学生の頃に戻ったようで時間を忘れて熱中していた。
当時、中々クリアできなかったステージを一朝一夕でできるわけもなく苦戦はしたがそれが楽しく感じられた。
「やっとクリアだ......長かった」
「このボス倒したらラスボスまですぐだったんだな」
「だね......っていってももう十二時半。時間の流れは早いね。ご飯どうする? 正直いうと私あんまりお腹空いてないんだよね」
「俺も、朝遅めに食べた。もうちょっとゲームやってからコンビニ行ってもいいんじゃないか?」
「んー、そうだね、それでもいっか」
静音はそう言って立ち上がる。
そして背伸びをした後、ゲームや本が置いてある棚に向かった。
「ゲームやってる時に思い出したけど、そういえばさっきやったゲームの続編出てたからいつかやろうと思って買っといたんだよね」
静音はそう言いながら一番上の棚に手を伸ばす。
もう少しでカセットが取れそうなのだが、手は空回りしている。
見かねた夏紀は立ち上がって、静音が取ろうとしているカセットを取った。
「これか?」
「そうそう、それ......やっぱり身長高いね。た、頼もしい」
「どうも」
「......ヒョロガリだけど」
「最後の一言余計だろ」
ディスってきたので夏紀は思わずツッコミを入れる。
軽いいじりなのだろうが地味に心に刺さってくる。
(やっぱり筋力ないんだよな......部活入ってないから運動神経良くないし)
ガッチリとした体つきが理想なので改善しなければならないと思っているのだが改善する行動を行っていない。
思っているだけで行動には移せていない。
そんなことを考えながら、元のところに戻ろうとする。
しかし目の前の静音が体勢を崩した。
どうやらコンセントに引っかかったようだ。
助けようと夏紀は反射的に手を静音の体に回して転ぶのを防ごうとする。
ただ、マットが敷いてある部分というわけではなく滑りやすい直の床だった。
それに加えてもちろん夏紀は靴下を履いている。
故に夏紀は足を滑らしてしまい、静音と一緒に転んでしまった。
「いてて......」
夏紀はすぐに近くにあったソファを掴む。
ある程度、静音の衝撃を緩和して、夏紀自身も転ぶ寸前にソファを掴んだのであまり大きな音はしなかった。
怪我はないと見ていいだろう。
しかし結果的に夏紀が静音を押し倒したような形になってしまう。
加えてお互いに目が合ってしまった。
途端に静音は顔を赤らめて、口を閉じた。
そして夏紀から目を逸らして、口元を少し緩める。
事故とはいえすぐに一蹴されるかと思っていた。
しかし夏紀はその時に見せた予想外の静音の表情に何も言葉を発せなかった。
硬直が解けたのは少しした後だった。
その時間は時間的には短くても体感的には長く感じられた。
「......だ、大丈夫か? 静音」
「う、うん、平気......だ、大丈夫」
夏紀は自分の体温が段々と上がっていくのを感じる。
脳裏では先ほどの出来事がリピートされていた。
あの時の静音の表情は夏紀の心を刺激するには十分すぎた。
「ご、ごめん、ちょっとお手洗いってくるね」
「お......おう」
静音はそう言って部屋から出て行った。
戻ってくるまでに胸のドキドキを抑える必要があるのに一向に収まる気配はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます