第9話 妹の存在

「ただいま」


 午後5時ごろ、買い物から帰った夏紀はリビングへ行き、机に買った食材を置いておく。

 リビングでは父と母が映画を見ながらゆったりとしていた。


「おかえり、買ってきてくれたのね」

「ん、夏葉いる?」

「今日一日どこも出かけてないと思うわ、多分自分の部屋でゲームでもしているんじゃない?」

「そう、わかった」


 夏紀は夏葉の分のケーキだけ取り出して後は冷蔵庫へ入れておいた。

 そうして寝室のある二階へと登って、夏葉の部屋のドアをノックする。


「夏葉、入るぞ」

「ん、どうぞ」


 部屋へ入ると、夏葉は母の予想通りゲームに勤しむんでいた。

 妹の夏葉は大のゲーム好きで友達と遊ぶ以外にはずっとゲームをしている。

 

「あ、ケーキ買ってきてくれたんだ。ありがと」


 夏葉は夏紀の手元にあるケーキを取ろうとする。

 しかしそれを妹の手の届かないところにまであげる。

 夏紀の方が身長が高いので夏葉はジャンプするもケーキに触れることさえできない。


「お金、511円」

「えー、いいじゃん、それぐらい奢ってくれたって......それにお兄ちゃんお金使わないでしょ? 友達と遊ぶ訳でもないし、ゲーム買う訳でもないじゃん」

「個人的に奢りたくない、あと前の分も返してもらってないからついでに貰いたい」

「えー......キリいいから1000円でいい?」

「足りないけど今回はそれでいい」


 夏紀は1000円を徴収すると、夏葉にケーキとフォークを手渡す。

 すると夏葉は口を緩ませて目を輝かせる。


「んー、やっぱりこれだよね。ここのケーキ好きなんだよね」

「夏葉、今の体重は?」

「んぐっ、いいの! 食べ盛りだから!」


 夏葉は我慢できなかったのかその場で一口食べると嬉しそうに頬に手を当てた。

 

「んー、美味しっ」


 夏紀はケーキを渡し終えたので夏葉の部屋を去ろうとする。

 しかしそれを夏葉に止められる。


「お兄ちゃん、一緒にゲームしよ」

 

 そして夏葉にそう誘われる。

 いつもの夏紀なら特にやることもない時は了承していたが今回は単にやる気が起きない。


「いや、俺はいいや、部屋でゆっくりする」

「......やっぱり今日のお兄ちゃん、なんか変。何かあったの?」


 家族には心配をかけたくない故にしたくなくとも夏紀は夏葉の前では取り繕った笑顔を浮かべた。

 しかしどうやら妹には勘づかれてしまったらしい。


「......会いたくなかったけどショッピングモールで元カノに偶然会った。それだけ」

「あー、そっか、彼女と別れたんだっけ......でもさ、会っただけでそんなに辛そうな顔浮かべないでしょ」


 気づけば自分の内面が表情に出てしまっていた。

 それを妹に見られて余計に心配をかけてしまう。


「夏葉は浮気した彼氏の顔見たいと思うか?」

「私、彼氏いたことないからわかんないけど......多分もう会いたくない」

「端的に言うとそういうこと」

「そっか、お兄ちゃんの彼女浮気してたんだ」


 わざわざ遠回しに言ったのだが夏葉はストレートに伝えてくる。

 そして夏葉は軽く夏紀のお腹を殴った。

 夏紀は突然のことだったのでそれほど痛くはなかったが少し後ろに退く。


「お兄ちゃん、前と本当に変わったよね。センチメンタルなのは変わらないけどさ......前は大分目立ちたがりで友達も多くてよく外で遊んでて。けど、いつからだっけ。お兄ちゃんが一時期学校休んだあたりから? 急に行き始めたと思ったらその時にはもう前のお兄ちゃんじゃなかった。今のお兄ちゃんも好きだけどさ、私としては心配だよ」

「......ごめん、夏葉」

「謝らないでいいよ。けどさ、せめて心から笑ってほしい。辛い時は辛いって言って欲しい。弱音吐いていいんだよ......詳しく何があったかは知らないけどさ」

「カッコ悪いだろ、そんな兄」

「カッコ悪くなんてない。そうやって見栄張る方がダサい。信用できる人は疑わずに心から信用して、嘘なんて吐いちゃダメ」


 夏葉は夏紀の服を掴みながらそう言った。


 夏葉には自分の心の内を打ち明けたことがない。

 故に思いつく自分なりの言葉で言ったのだろう。

 しかしその言葉が夏紀には鋭く刺さった。


「......お兄ちゃんは私のこと信用してない?」

「そんなことは絶対ない、心から信用してるし、第一大切な妹だし」

「そっか......とりあえず私じゃなくてもいいけど、信用できる人、大切な人を信用しないと色々失っちゃうよ。第一、私はお兄ちゃんに半分呆れてる」


 大切な人、夏紀はそう言われて家族以外に静音の顔が思い浮かんだ。

 静音とはずっと一緒で疑うところなどない。

 中学時代、あの出来事が起こって夏紀が自分の殻に閉じこもった時も助けてくれたのは静音だった。

 

 (......俺のこと嫌いなんじゃないかって、疑う方が失礼か)


「......そうだな、そうする。」

 

 夏紀はそう言って夏葉の頭を撫でた。

 夏葉は夏紀の服から手を離して距離を取った。


「私は......お兄ちゃんのこと家族として大好きだからね」

「ああ、俺も」


 夏紀はそう言って夏葉の部屋を出た。

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