第8話 思わぬ遭遇

「あー、そういえばケーキ買うの忘れてた......あいつも本当に甘いもの好きなんだよな」


 パンパンに詰まったマイバッグを持ちながらそんなことを呟く。


 午後、夏紀はデパートで買い物をしていた。

 足りなくなった文房具の買い足しや母から頼まれた夕食の食材、妹から頼まれたケーキなどなど。

 半分は自分の買い物でもう半分は家族の買い物である。

 

 夏紀の家庭は父、母、夏紀、妹の四人家族だ。

 家族関係も悪い訳ではない。

 妹、沢渡 夏葉さわたり なつはとはしばしば喧嘩するものの、二歳さでお互いに思春期故に仕方ない。

 夏紀自身も妹のことを嫌っている訳ではないし、妹もそういった素振りは見られない。

 一緒に出かけたりゲームする時はするし、喧嘩する時は喧嘩する。

 喧嘩するといっても妹が先に吹っかけてきて、一方的に怒られているだけだ。

 故にすぐに解決するものではある。


 (あそこのケーキ屋買いたいけど高いんだよな。中間テスト終わったけどテストの点数下がってたから小遣い下げられたし......)


 そんなことを考えながら夏紀はショッピングモール内を能天気に歩いていた。

 しかしそんな夏紀の心臓は動きと共に一瞬止まった。


 (あれって......由花......だよな)


 目の前の店で由花が商品を見ていたからだ。


 同じ学校に通っている以上、学校内ですれ違うことは多々ある。

 ただその場合は静音と喋っていたり、相手も友達と喋っていたりで無視している訳だ。

 しかし二人きりでバッタリと会ってしまうとだいぶ気まずい。

 それにもう話したくもない。

 向こうは夏紀が由花の浮気に気づいていたことを知らない。

 故にある程度自然体で接せれるかもしれないがこちらとしては嫌悪感しかない。


 由花に夏紀の存在を気付かれたくないなと思い、夏紀は踵を返して迂回して行こうとする。

 しかしその前に由花は夏紀の方を見た。


「あれ、夏紀?」


 (......最悪)


 こうなった以上無視する訳にも行かないので夏紀は由花に近づいた。


「偶然だね、夏紀も一人で買い物?」

「ああ、文房具とか色々」

「そっか、私もお母さんから頼まれた具材とか色々」


 元カノと話すのは気まずい。

 向こうもそんな風に感じているのだろう。

 元カノとどう接すればいいか分からないという迷いと由花自身に対する嫌悪感で夏紀の心は埋まっている。


「じゃ、俺はこれで......」


 これ以上、場にいても話すことはないし夏紀の心がすり減っていくだけ。

 そうして夏紀は後を去ろうとする。

 しかし、由花はそれを止めた。


「ちょ、ちょっと待って、夏紀」

「......どうした?」

「あのさ、お互いに性格合わないから距離を離そうって言って別れを切り出したのはこっちだし、おこがましいのはわかってる。けど付き合う前みたいに友達みたいには接したいなって思ってさ......前みたいな感じでこれから接してもいいかな?」


 由花は目を逸らしながらもそう言った。


 夏紀から別れを切り出した訳ではなく、由花から別れを切り出された。

 そしてその翌日に先輩とイチャイチャしているところを見てしまった訳だ。

 しかし表面上では由花が夏紀の性格と合わないなと感じて別れたことになっている。


「......別れたのって他に好きな人ができたからじゃないのか?」

「え?」

「いや、そうだったら俺ともう接さない方がいい気がする」


 夏紀は由花にそう言い放った。


 もうこれ以上、由花に付き纏われるのも嫌だった。

 しかし由花が浮気していたという事実を自ら言うのも心底嫌だった。


「......何言ってるの? 私、まだちょっと夏紀への好意残ってるんだよ? けどお互いのためにそうした方がいいかなってさ......夏紀はどうなの?」

「俺はもうない、由花が好きじゃない以上仕方ないよなって思って」

「あー、そっか、またすれ違っちゃったね」

「じゃあお互い無視はせず、会ったら話す程度でいいんじゃないか?」

「うん、そうだね、そうしよっか」

 

 由花はそう言って笑みを浮かべた。

 しかし夏紀にとっては取り繕った偽の笑顔のように思える。

 さっきの言葉も紛れもなく嘘だろう。


 もう関わらなければいいのにと思ったが、浮気していたことを悟られなくなかったのだろうか。

 夏紀へ一方的に別れを切り出して、急に他の男と一緒にいはじめると不審がられる。

 逆に別れてからも夏紀と接するようにすれば周りから疑いの目を向けられる可能性は低くなるだろう。

 疑われても現に夏紀と接していてまだ好意はあると言い訳しておけばそれを掻い潜れる。

 

 (もういっか......由花と接することは少なくなるだろうし)


「じゃあ、これで」

「ごめんね、時間とって。ばいばい」


 人間、誰しも猫をかぶっているものと夏紀は思っている。

 だから友達は作りたくないし、もしできたとしても心からは信用できないだろう。

 心の内ではどう思っているか分からないからだ。

 

 恵都と静音は例外ではあるが今の夏紀は二人でさえ疑いの目を向けてしまっている。

 特に静音とは長い付き合いである以上、お互い素を知っていて疑う必要などないのに。


 人を信用できない自分が嫌いで、楽観的で無知だった前の自分に戻った方が楽しかったのかなと思う。


「......もうさっさとケーキ買って帰ろう」


 今はただ早く家に帰って部屋に閉じこもりたかった。

 夏紀は歩く足をさらに早めて歩き出した。

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