第2話 勘違い

「お前が遅れるなんて珍しいじゃん、どうした?」


 昼休み、白山 恵都しらやま けいとと昼食を摂っているとそんなことを聞かれる。

 恵斗はこの学校での唯一の友人で唯一信頼している人物である。

 顔が広いので相手からしたら友達程度の認識だろうが夏紀にとっては特別な存在だ。

 

 とはいえ事実を話すのは相手からしたら羞恥もあるかもしれないので無闇にいえない。


「単純に寝坊した。昨日あんまり寝れなかったんだよ」

「あー、最近彼女と別れて寝つき悪いとか言ってたっけ......でも引きずり続けるのも良くないんじゃね?」

「最愛の彼女だったからな......何がダメだったんだろう」

「だから、お前は何も悪くないって。一途であり続けなかったあっちが悪い」


 失恋のショックはこんなにも大きいものなのかと夏紀は痛感させられている。

 しかし、恵都の言うとおりいつまでも暗く居続けるのも良くないので夏紀は恵都に別の話題を提示する。


「そういえばそっちの方はどうなんだ、彼女とは」

「おう、ラブラブよ」


 恵都にも彼女がいる。

 そしてかなりお互いに愛し合っているカップルだ。

 たまに惚気を聞かされたりその様子を見せられているので今更聞いたところで嫌悪感は湧かない。


 (俺の学校生活は充実しているとはとてもじゃないが言えないな......)


 前までは彼女を溺愛していて彼女との日々はとても楽しかった訳だ。

 しかしいざ別れて学校生活を送ってみると非常につまらない。

 恵都以外に話す友達もいない。

 夏紀にとっては学校が苦痛となっている。


 それだけ前の彼女に依存していたということなのだろう。


「恵都、サッカーしに行こうぜ」

「ん、わかった、今行く......じゃあ夏紀、先行くわ」


 先に食べ終えた恵都は一足先に食堂を去った。

 そして夏紀はただ一人黙々と昼食を摂る。

 

 恵都がいなくなれば本格的にぼっちだ。


 一人になったせいかネガティブな思考に陥っているとスマホの通知音が鳴る。

 どうやらメッセージが送られてきたらしい。

 送り主は静音だ。


『ねえ、今日一緒に帰らない? 今日のお礼に何か奢らせて欲しい』


 何かお礼がしないと気が済まないのか、そんな内容のメッセージが送られてきた。

 気にしなくても良いのにと思いつつ、奢ってくれるのであれば奢ってもらいたいというのが本音。


『別にいいよ、お礼なんて』

『何かしないと気が済まないし......ダメかな?』


 そこまで言われてしまえば断りにくい。

 ありがたく奢ってもらおう。


『わかった、じゃあ一緒に帰るか』

『ありがと』


 夏紀は静音とのメッセージのやり取りを終えて携帯をしまった。

 静音とのそんな些細なやり取りは少しだが心の穴を埋めてくれた。


 ***


「ごめん、お待たせ。うちのクラスの先生の話長いんだよね」


 放課後、校門で静音を待っていると少しして静音は校舎から出てきた。

 ホームルームの時間が長引いたらしい。


「全然、じゃあ行くか」


 そうして夏紀と静音は歩調を合わせて歩き出す。

 何か奢ってくれるとは言ったが特に行き先も決まっている訳ではない。


「奢るって言ったけど......ファミレスとかでもいい?」

「大丈夫、というより奢る必要性はないと思うんだが......何かしないと気が済まないんだろ?」

「ちょっと違うけど、そんな感じ」


 中学時代は他愛もない会話をしながらこんな風に一緒に帰っていた。

 静音は明るくてクラスの中心的な人物だった。

 もちろん、現在もそうである。

 それでも静音は幼馴染である夏紀と一緒にいてくれた。

 静音には感謝しているのでだからこそ避けるようになった理由を知りたい。


 夏紀は静音に避けられるようなことをした覚えはない。

 ただ、もし夏紀が何かしたのであればもちろん謝るつもりだ。


 しばらく静音と話しながら歩いているとファミレスへと着いた。

 二人は店内に入って向かい合う形で席に座る。


「何食べる? 高いやつは無しにしてよね」

「わかってる......じゃあこのメロンクリームソーダで。静音は?」

「私はいいや、お腹空いてないし」


 そうして注文を終えた。


 特に食べれる訳でもないし、かといってコーラなどの飲み物だけを頼むのも静音としてはおそらく満足しない。

 しかしこれであれば静音の財布にも優しい上に静音としてもお礼をできたという満足が得られるはず。


「奢ってくれてありがとう」

「いいよ、全然......あとちょっと頼みたいことあるんだけどいい? 無理なら全然いいんだけどさ」

「ん、どうぞ」

「明日から......一緒に登校してくれない? 自分勝手なのわかってるし、嫌なら別にいいけど」


 少し頬を赤らめながら静音はそう言った。

 やはり少しトラウマが残っているのだろう。

 それもそのはずだ。

 あんな満員電車の中、羞恥で助けも呼べずとてつもなく怖い思いをしただろう。


「わかった、じゃあ一緒に行くか」

「いいの? ......本当にありがとう。夏紀には感謝してもしきれないや」


 静音は弱々しく笑った。

 その笑顔に夏紀の胸は少し締め付けられた。


 (久しぶりに見た静音の笑顔がこんな取り繕った笑顔なんてな)


「ていうか俺でいいのか?」

「え? う、うん。頼れる人って言ったら夏紀しかいないし」

「......それもそうだな」

「えっと、嫌だったらいいんだよ? 別に」

「いや、そういう訳じゃなくて......ほら、ちょっと俺のこと避けてただろ? だから俺でいいのかなって」


 静音は今まで夏紀のことを避けていた。

 頼れる人が他にいないのはわかっているが本当に夏紀でいいのか確認したかったのだ。

 今は昔のように喋れているが本心では嫌っているかもしれない。

 そうなれば登校中、あまり馴れ馴れしくしないほうが賢明だ。


「そっか......そうだよね。今まで避けてたもんね」

「俺、何か嫌われるようなこと静音にしたのか? それなら言って欲しいし、謝る」

「いやいや、全然そんな訳じゃないから! ていうか嫌ってないし」

「じゃあ何で......」

「ほら、夏紀、彼女いたでしょ?」

「ああ、最近別れたけどな」

「だから、あんまり馴れ馴れしいのも彼女にも良くないかなって。うちら幼馴染ってだけあって距離感近かったしさ......他にもあるけど大まかな理由はそんな感じ」


 それならば避けられていた理由も納得である。

 しかしもちろん不満も出てくる。


「なるほど......嫌われたのかと思ってた」

「ううん、全然。嫌う訳ないじゃん、夏紀のこと」

「じゃあ先に俺に言ってくれ。急に避けられたらこっちだって嫌だ。嫌われるようなことしたのかなって心配もするし」

「あはは、ごめんごめん......嫌ってないし、むしろ大切な友達」


 なぜ言わなかったのか疑問に思うがとりあえず解決できてよかった、と夏紀は思う。

 

 (そっか、静音に嫌われてた訳じゃなかったんだな)


 そんな静音の言葉に夏紀の心は少し癒された。

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