第2話

 また、数日後、今度は、奈緒が入院していた病院を訪ねた。


 大きな病院だった。

 奈緒のいた病棟は、隣の小児病棟に繋がっており、間に広いスペースがあった。ナースステーションに見守られている。小児病棟にいた子が、ある程度の年齢になると隣の病棟に移るようだ。

 両方の病棟から、自力で歩ける子や車椅子の子たちが集まって、そこでワイワイと賑やかに話をしたりしていた。


 そのスペースの隅で、窓の外を見ながら何か思いにふけるようにしている男の子がいた。男の子と言っても、もう20歳にはなっているのだろうか。青いスエットの上下を着て、車椅子に座っていた。


 私は、彼に話しかけた。

「あなた、ここに入院してるの?」

 彼は、いぶかしげに私の顔を見上げる。

「見ればわかるでしょ? 何?」

「田辺奈緒さんのことで、何か知ってることがあれば聞かせてほしいんだけど」

「……あんた、警察の人? それともマスコミ?」

「違う違う。奈緒さんと一緒にボランティア活動をしてたの。いつもは会社員。ほら」

 私は、彼に名刺を渡した。


「なんで奈緒のことが知りたいの?」

「親しかったんだね。君、名前は?」

「……中野なかの伊織いおり。親しかったっていうより、奈緒は妹みたいなもんだから」

 奈緒より年上だったのか。ちょっと驚く。

「あいつも俺も、小さい頃から病院には出たり入ったりでさ。いつの間にか兄妹きょうだいみたいな関係になってて。」

 伊織は少し遠い目をする。

 

「あいつも相当辛い思いをして生きてきたから」

「辛い思い?」

「どこまで話していいのかわかんないしな。あんたのこと信用してるわけでもないし……」

 そう言いながら、伊織は私の名刺に目を通す。

「あ。あんたか。『みわさん』」

高柳たかやなぎ美和みわです。何が、私?」

「奈緒が……。奈緒から、あんた宛に手紙を預かってる」

「え? 私宛に……?」

「待ってて。取ってくるわ」

 そう言うと、伊織は車椅子を器用に動かし、自分の部屋から封筒を取ってきた。

「はい」

「あ、ありがとう。……でも、奈緒さんは、私がここに来ることがわかっていたのかしら……」

「来なかったら捨てて、って言ってた」

「あなたに頼んだんだ。なんで親御さんとかに頼まなかったんだろう?」

「さあ? 奈緒んちは複雑な家庭だからじゃね? 奈緒が何を考えてたのかまでは、俺にはわかんない。ただ、『みわさん』って人が来たら、これを渡して欲しいって言われてだけだから」


 はい、と手紙を渡して、中野伊織は去って行った。



 手紙は、分厚い封筒に入っていた。


「高柳美和様」

 少し子供っぽい字で、そう書かれた空色の封筒。所々に雲が浮かんでいる。裏返すと、名前は書いていなかった。代わりに、白い鳥のシールが貼ってあった。これは……カモメ?

 そう言えば、

「私はカモメみたいなもんなんです」

 奈緒が、そう言って寂しそうに笑ったことがある。あれは、どういう意味だったんだろう? と思い返す。


 これは、きっと、大切なことが書かれているに違いない手紙だ。部屋に帰ってから、一人で、ちゃんと読もう。そう思った。

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