第一話 の前に その3

「……別に……人間だもの。いろいろ考えるさ」


 秋水はとぼけた。


 だが、妻の追撃は止まない。


「あなたね、人は考える動物だけど、マイナス思考過ぎ!」


 その言葉に「へぇへぇ」と頷き、枕元にあった瓶コーラの王冠を指で取って飲む。


--だいたい、みんなは誤魔化されているけど……


 頬を赤らめながら、褒めているのか、貶しているのか、それとも、忠告なのか、彼女はまくしたてる。


 もしかしたら、痴情の照れ隠し?


 だとすれば、可愛いものだ。


 のろけた脳みそで秋水は彼女を察しつつ、口内のコーラの痛快さに我慢しながら奥歯の銀歯に精巧に隠した促淫剤で、もうひと勝負を仕掛けようとした。


 舌で銀歯を上げ薬とコーラを合わせる。


 それを口移しで綾子に飲ませようとした瞬間だった。


「……そうだ、言い忘れるところだったわ。私、来週、ハイシティホテルでお見合いをするから」


 秋水の思考が、止まった。


『お見合いするから』


【お見合い [名](スル)

1 見合うこと。また、その状態。「土俵上での—が続く」


2 結婚の相手を求めて、男女が第三者を仲介として会うこと。「いい人がいれば—してもいい」「—写真」


3 両方がうまくつりあっていること。対応すること。「収支の—がとれる」


4 囲碁で、ほぼ同等の価値のある二つの方向への着点を双方が選択できる状態。


5 隣接する住宅の窓が、それぞれ相手の方向に設けられていること。互いの生活空間が見えるため、設計上、嫌われる。】



 文脈などから考えて、2の可能性が高い。


 そして、整理し終えた後、怒涛の驚きと、同時に思わず薬入りコーラを飲んでしまった。


 その約三十秒が長かった。

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