第一話 の前に その2

 怖かった。


 今思えば、裏社会で、社会の常識や倫理の効かない文字通りの『弱肉強食』の世界の中で家族が、愛する者が、消えるのが嫌だった。


 恐怖だった。


 せっかく見つけた光を、もう、零したくなかった。


 だから、正行が幼稚園を卒業するころに離婚をし、息子を自分を鍛えた父に預け、秋水は再び戦場に立った。



 しかし、運命なんて分からないものだ。


 相棒を得て、傭兵を廃業して生まれ故郷で『厄介事引受人トラブルシューター』になろうとしたら、綾子と再会した。



 彼女は別れた後、大検を受け、建設学などを学び大手建設会社で様々な部署で経験を積み、独立したばかりで、秋水は、その祝いにマンションをプレゼントした。


 そして、久方ぶりに体を合わせた。


 傷だらけの体を彼女の優しい指は一つ一つ愛撫して慈しんだ。


「私ね、あなたに抱かれているときだけ、真っ暗い闇に包まれている気がするの」


 時々、綾子の言う言葉だ。


 全てを受けれてくれる闇だという。


--だとすれば、お前は俺の光だ



「ねぇ、何考えているの?」

 

 気絶していた綾子が顔を上げた。


 思考を中断し、元妻の顔を見る。


 童顔だが聡明な目と整った目鼻立ち。


 ただ、口が不満げに上に曲がっている。


「……いや、別に……」


 誤魔化そうとする。


「うっそだ! そういうことを言うときは大体、何か考えていたでしょ?」


 さすが、数年とはいえ、一緒に暮らしていたことはある。




 

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