第1話 誕生と最初の浮遊

漁港の夜はいつも静かだ。波のさざめきと、遠くに聞こえるカモメの鳴き声だけが、月明かりの下で響いている。大きな船も、昼間の喧騒も、すべてが眠りについていた。漁師たちが置いていっためかぶの山だけが、ひっそりと岸壁に残っていた。


その中のひとつが、突然、淡い光を放ち始める。


「ん……?」


めかぶの塊がもぞもぞと動き出すと、やがてふわっと浮かび上がった。次の瞬間、その塊は形を変え、小さな妖精が姿を現した。ふわふわとした体に、緑色のやわらかな輝き。何とも言えない不思議な笑みを浮かべて、彼は初めて目を開けた。


「ここは……どこだろう?」


妖精は、自分がどこにいるのかも、どうやって生まれたのかも分からない。だが、それはどうでもよかった。なぜなら、漁港に吹く風が心地よく、その風に身を委ねて漂うのがとても楽しかったからだ。


「ふわっ……ふわっ……」


妖精は風に乗って、港の上空を軽やかに漂い始める。下には、寝静まった漁船や小さな店の並ぶ港町が広がっていた。彼は、特に目的もなく、ただ風に身を任せて、どこへ行くのかも考えずに飛んでいった。


「おもしろい……こんなふうに飛べるなんて!」


彼は初めての自由に喜びを感じながら、あちこちを漂った。けれど、すぐに気づいたことがあった。それは、風が弱まると、自分もだんだんとゆっくりと地面に近づいていくことだ。


「あれ?ちょっと……風、もっと吹いてくれないかな……」


妖精がそう思っているうちに、風は完全に止んでしまった。そして、彼はふわふわと降りていき、ポトリと地面に落ちてしまった。


「いてて……」


彼は、何とか身体を起こして周りを見渡すが、そこは漁港の片隅。静まり返った夜の街は、彼が生まれた場所から遠く離れたところだった。もう風は吹いていない。彼は立ち上がることもできず、どうすることもできない状態に陥ってしまった。


「うーん、困ったな……」


そのとき、港の奥からひとりの漁師が帰宅途中で歩いてきた。妖精はとっさに、「何とか助けてくれるかも!」と期待して、漁師に声をかけた。


「ちょっと!こっちを見てよ!」


だが、漁師は誰もいないと思い込み、周囲を見渡すことなく歩き続けた。


「おーい!こっち!」


何度も声をかける妖精だったが、やはり漁師は気づかない。彼は、風が吹かない限り自分では動けないことを改めて理解し、途方に暮れた。


その瞬間、ふわっと優しい夜風が吹き始めた。


「やった!今度こそ!」


妖精は再び風に乗り、夜空へとふわりと舞い上がっていった。こうして、彼の風まかせの冒険が再び始まったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る