第10話

「ユキさん、勉強してるですか?えらいね」

 そう言って私の部屋へやってきたのは、家政婦のチュンさんだった。チュンさんは中国出身で、日本人男性と結婚して東京に住み始めたらしい。

 イントネーションが中国っぽく、優しくて柔らかい雰囲気なため私は結構好きだ。

「えらくはない気がするけど、どうだろう」 

 叔父さんの家へ届いた私の荷物が入った段ボールを片付けなければいけないのだけれども、やる気が起きずにいた。

 真っ白な部屋の中、段ボールが五つ、寂しそうに隅に置かれている。私はそれらを無視して叔父さんが使っていないという机で勉強している。

「カオルさんが着替えて、言ってたよ。出かけるて」

「わかった」

 倦怠感がありながらも、服と書かれた段ボールのテープを剥がして、開けてみた。その中で一番上に入っていたパーカーとジーンズに着替えた。服なんて本当に今はどうでもよかった。

 でも私は外へでて適当に服を着たことに後悔した。

 通り過ぎる人、通り過ぎる人全員に私は監視されているような、見られているような気がしてならなかった。人の笑い声すべてが、私の服装を見て笑っているのではないかと思った。 

 でも叔父さんは堂々と歩いている。たぶん革靴できちんとしたトレンチコートを羽織って、コートの中はスーツだから。自信を持って歩けているんだ。

「叔父さん、どこいくんですか」

 俯きながら私はたずねた。

「ああ、ちょっと買い物かな。足りないものがまだあるし」

「買い物?」

 別に私は足りないものなんてないし、買い物なんて必要ないのに。それにさっさと帰りたい。帰って勉強しないと。

 新宿駅でどこかへ向かい、着いた駅から歩いて数分、叔父さんが私を連れて行ったのは大きな建物の前だった。

 病院みたいなと頃に見える。

「なにか、病気持ってるんですか?」

「まあ、そんな感じかな。少し診てもらいたくて」

 病院に近づきながら私は何となく理由のない違和感に襲われていた。病院の周りにはたくさんの木々が植えられているし、出てくる人や、入っていく人は一人もマスクをしていなかったり、具合が悪そうなそぶりもない。

 パズルのピースがはまった気ようなふうに違和感の正体に気づいて、病院のすぐ前、自動ドアの前で足を止めた。

「ユキちゃん?」

「私が精神病だって言いたいんですか」

 叔父さんの一挙手一投足を見逃さないように、しっかりと見つめていた。安堵の顔が少し崩れたような強張った気がした。

「いや違うよ。叔父さんが診察してもらうんだ」

「嘘つかないでくださいよ。私が精神病だと思ってここに連れてきたんですよね。私は病んでなんかいないです」

 なんで叔父さんはこんなところに私を連れてきたわけ?私は精神病なんて何もないのに、なんで疑われてるの?

「とにかく入ろう。外は寒いから」

 いつもの私ならここですんなり入ったと思う。でもなぜだか頑固になり、カーッと頭に血が上った。

「嘘ついてまでここに連れてくるなんてどうかしてる。私は全然おかしくないのに。変わったのは周りで、私は何も変わってない!」

  

 

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