第9話
今は11月後半あと受験まで、私は一月に推薦入試で秋田高校を受験する予定だった。でも唐突に東京に来て秋田高校を受験するべきかどうかよくわからない。今更、東京の中学校に転校するのは色々大変だろうし、叔父さんに益々迷惑が掛かる。
でも私には勉強以外ない。勉強を続けないと、後れを取りたくない。
夜中の24時、私はリビングダイニングの椅子に座って、数学の教科書とノートを取り出し、青色のペンを握りしめた。
東京に来て秋田高校よりも良い高校に入れるようになったのだから、良いじゃないの。それに父親とも離れられた。
この部屋に妙に馴染んでいる母の小さな仏壇を見つめてから、私は数学の参考書を見つめた。
自分自身を安心させるように、または自分の悲しみや苦しみを紛れさせるような、忘れさせるために勉強をつづけた。それ以外私はないから。
でも勉強が楽しいわけじゃない。勉強をしなければいけないという使命感で勉強を続けている。こんな数学の公式に何の意味があるのか私には全く分からないし、受験以外で役に立つなんて全然思えない。
でもこうやってずっと勉強している。小学生の頃からずっと。
父親から勉強を強制させられ始めて小学校六年生までそれが続いていた。もう父のことを母は止められなくなり、暴言暴力が日常茶飯事となった。でも父親は外面だけは良かったから、誰もこんな良い人が暴力なんて振るうわけないと思っていたし、虐待なんてするわけないと思っていたのだと思う。
それに父はずっと卑怯なことを言っていた。
『世界には勉強できない子がたくさんいる。それなのにお前は勉強ができているんだから、感謝して勉強しろと』
世界でその日暮らしをしている子供たちを引き合いに出されても、私はその子達を見たこともないし、その子達の苦しみと私の苦しみは違う。だからそんな言葉を使って私に無理やり勉強させるのは卑怯だと。
でも当時の私は素直すぎた。身近な大人たちを清い心で信じていたし、大人の言うことが絶対に正しいと思っていた。
勉強で良い点を取ることが偉くて、褒められること。努力することが美学で、怠けるなんてもってのほか。
学校の中には足の速い子、絵が上手い子、話が上手な子、可愛い子、面白い子、ピアノが弾ける子。みんなそれぞれ得意なことがあって、それに価値がついてくる。そういう目に見える価値があるから人は生きていけるのだと思う。でも私にはそういう価値がない。
だから勉強を続けなければいけない。勉強で上に上がる以外私には価値がない。何もない人間になりたくない。
何かある人間にならなければいけない。
価値を見出さないと。
筆箱の中からペンを探そうとしたとき、なぜか私はカッターを手にしていた。
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