第3話

 豪雪地帯の病院で雪の降る日に生まれた。ユキという私の名前を付けたのは祖母。祖母が生まれた時代女の子の名前をカタガナで書くことが流行っていたらしく、女の子にカタガナの名前を付けたかったらしい。

 他の子とは違うカタガナの名前が私には特別感があって、名前は気に入っている。母も気に入っていたらしい。

 そして育ち始めるのだけれども、問題が発生する。

 私は賢い子どもだったらしく、言葉を話すのも早く、物覚えも良く、何より勉強が大好きで、図鑑をいつも読んでいるような子供だった。

 単純に母はそれを喜んだだけで、一緒に絵本を読んでくれたけれど、父は違った。父は私に期待し、自分の代わりに名門大学に入学できる賢い子どもを作ろうとした。

 自分の夢を私に預けた。

 けれど父は勉強はできても本当に賢い大人ではなかった。 知識はあっても、自分本位な考え方、道徳心のなさ、親としての自覚。色々足りていなかった。だから私に無理やり勉強させ、テストで悪い点を取れば頭を下げて謝らさせられ、罵倒され、糖分を取ると眠くなると食事をとらせてもらえないこともあった。

 小学生に大学受験並みの勉強の仕方をさせていた。

 家庭裁判所はこれを虐待と認め、私と母は父の元から去った。でも私は父の思想が軽く上塗りされ、成績を上位に納めなければ価値がないと思ってしまった。勉強できなければ私の価値はなくなってしまう。その恐怖でひたすら勉強していた。

 とにかく私は自分自身の存在価値がなくなってしまうことを恐れた。

 だから、周りのことを考えず、自分勝手になり、私は中学で浮いているし、嫌われている。

 明日も明後日も学校に行きたくない。奇異な目で見られて、コソコソ噂される。一か月後には高校受験だけど、お母さんが居なくなった今そんなのもうどうでもいい。

 私は母と住んでいたアパートの一室、ほんの三日間のうちに起こったすべての出来事が嘘の様で、全く信じられなかった。

 だって家の中は三日前とそっくりそのまま時間が止まったままで、隣の部屋でまだ母が寝ている気がしてならなかったから。

 ベッドから起き上がって、ゆっくりと足音を立てないように歩いて、隣の部屋を覗き込んでみたけれど、そこに母の姿は無く、この部屋の主人を待つかのように、この部屋は時間が止まっている。

 部屋の扉を閉めて、朝の薄暗いリビングを見渡した。

 足の低いテーブルがあり、その上に遺骨が置かれている。狭いキッチンがあり、コンロの上には三日前母が作っておいてくれた味噌汁がそのまま放置されている。奥に洗面所の扉があり、写真が貼られた冷蔵庫。

 とぼとぼ歩いて、冷蔵庫の中を覗いてみると、ラップされた母の手料理がまだひっそりと残っていた。保存できる料理をいつもそこに置いておいてくれたのだ。

 パックに入ったきんぴらごぼうを手に取った。

 中を開けてみると、まだ食べられる。

 指で、中のごぼうと人参をつまんで、口の中に運んだ。途端に涙があふれ出てきて、何回も何回もきんぴらごぼうを指でつまんで、口の中に入れた。

「う、うぐ。なんで、なんで私、あのときお母さんに迎えに来てほしいなんて言ったんだろう…」

 

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