第2-4話 風間雅の諦念

 密室、二人きり。このシチュエーションならば、雰囲気と勢いで押し切れる可能性もあった。しかし俺は別の道を選択した。

 

 正直に言う。

 ほんの少し、心が折れたからだ。

 

「……大田、お前、マジかよ」


 莉子の口から聞かされた俺が知らない時間。

 イベントに参加。放課後に学校を抜け出して海デート。


 何だよそれ。ラブコメマンガなら4巻分くらいのイベント消化率じゃねぇか。それでも別の人が好きって……もはや花恋による寝取りだろこれ。


 俺が莉子から言葉を求められたのは、そこまで考えた直後のことだった。だから俺は「さっさと告れよクソが」という気持ちで言葉を口にした。

 

 ヤケクソだった。

 思考を、止めてしまった。


「……ありえない」


 俺は風間雅。

 全てを持って生まれた男。


 故に、俺の人生は、全ての俺の責任で成り立っている。

 酸いも甘いも俺次第。無様を晒す原因は、俺の無力ということになる。


 ありえない。絶対に。

 あってはならないことだ。


「……落ち着け」


 今、とても黒いことを考えた。

 失敗すれば破滅。成功しても、きっと自分を許せなくなるようなことだ。


 深呼吸ひとつ。

 俺は体育館倉庫から離れ、帰宅することにした。


 こういう時はシャワーを浴びるに限る。風呂場でマッスルポーズをして、気を高めるサイヤ人のように「うぉぉぉぉ」と唸るのだ。大抵のストレスは、これで消える。


「しかし、その後はどうする?」


 帰宅途中、俺は軍師のように聡明な言葉を呟いた。

 絶世の美男たる風間雅に相応しい行動と言える。だが頭に浮かぶのは真逆のこと。


 腕力と権力を使うことにしよう。

 最初は抵抗されるだろうが、そのうちきっと堕ちる。


 だがそれは敗北を認めるようなものだ。

 正攻法では大田草彦に勝てないことを認めるのと同義だ。


 この俺が……敗北だと?

 ありえない。絶対に許されない。


 だが、認めなければならない。

 今の俺では勝てない。自分を壊さなければならない。


「……シャワーを浴びよう」


 頭が痛い。割れそうだ。

 これほどの屈辱を味わうのは何年振りだろうか。


 端的に言えば、脱皮である。

 敗北者という皮を脱ぎ捨てることで、より高みへと至るのだ。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 俺はシャワーを浴びながら気を高めた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 これは生まれ変わるための儀式。

 

 世の中には二種類の男が居る。

 自分の弱さを許せない者と、許せる者だ。


 俺は弱い自分を許さない。

 ひとつでも欠点を自覚したならば、即座に改善する。


「……莉子」


 まるで、男性向けのラブコメで描かれるオタクに優しいギャルだ。俺から見れば、大田草彦の魅力など全く分からない。彼女の話を聞いても、「自分の描いたマンガを読んで感動してくれた」という一点に尽きる。


 は? 俺も泣くが?

 今浴びてるシャワー並みに号泣するが?

 いや流石にそれは脱水症状で死ぬか……?


「……とにかく!」


 目的は、彼女の心を俺に向けること。よくよく考えれば大きなチャンスを得た。実行委員会だ。今後、二人で過ごす時間が増える。天は俺に味方している。


「……考えろ」


 これまで通りのやり方ではダメだ。

 下手に頭を回しても、どうせオタクくんをアシストする結果になる。


 現状、負債が積み重なっている。

 これを一気に返済して……莉子を落とす!


「……違う。待て。焦るな」


 一ヵ月かけて積み重ねた負債だ。

 これを一気に返済する方法など、求めるだけ無駄だ。


 しかし、ひとつひとつ返済する時間的余裕は無い。

 そもそも、どのような方法で、どれだけ返済すればいい?


 これは不毛な議論だ。

 どれだけ考えても答えは出ない。


 発想を変えろ。

 俺がやるべきことは、実行委員会を通して稼げる好感度を最大化すること。


「……ふっ、ふは、ふはは、あーはっはっはっは!」


 いいぞ。どんどんアイデアが浮かぶ。

 やはり俺は風間雅。全てを持って生まれ、全てを手に入れる者。


「……ふぅ」


 満足した。シャワーは終わりだ。

 莉子。待っていろ。明日からの俺は、これまでの俺とは違うぞ。


「こんにちは」


 声が聴こえた。

 我が家の脱衣所で聴こえるはずのない声だ。


「……花恋?」


 制服姿の幼馴染が立っていた。

 現在、俺は全裸である。しかし、局部を隠すことを忘れる程に混乱してしまった。


 ……なぜ。ここに。何を目的として?


 彼女は返事をしない。

 ただ静かに俺を見つめている。


 俺は動けなかった。

 口を開くこともできなかった。


 数分……いや、数秒だろうか。

 分からない。時が止まったような感覚だった。


「みーくん」


 沈黙が破られる。

 そして彼女は、ゆっくりと口を開いた。

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