第2-3話 舞浜莉子の気付き

「……風間くん、誰かに恨まれてる?」

「心当たりは沢山ある」

「……最悪ぅ」


 あたしはマットの上に座って、大きなため息を吐いた。

 その後、自己嫌悪。なんだか八つ当たりみたいなことを言ってしまった。


「何か予定があるのか?」


 風間くんは全く気にしていない様子で言った。


「……べつに、何も無いけど」

「じゃあ、何か嫌なことでもあったのか?」


 彼はあたしの隣に座って、心配そうな様子で言った。

 あたしは反射的に「今がそう」と言いかけたけど、なんとか我慢して、返事をする代わりに俯いた。その直後、大きな溜息が出た。これは我慢できなかった。


「俺は、最近ちょっと打ちのめされている」


 あたしの感情が伝染したのか、風間くんもネガティブなことを言った。

 とても意外な発言に思えた。だって彼は重度のナルシストだ。そんな印象が強い。


 その話を聞いている途中に気が付いた。

 多分、あたしが話しやすいように場を整えているのだ。


(……風間くん、意外と気が利くよね)


 一ヵ月くらい前。

 ちょうど大田くんと仲良くなった頃。


 風間くんは、なんか絡んできた。

 正直ちょっとかなりうざかった。


 だって、雑に扱えないじゃん。

 彼モテるから。他の子から睨まれるとか最悪だし。


 今は違う。

 他の人よりも、少しだけ話しやすいと感じる。


「……青春だねぇ」


 愚痴を聞き終えた後、あたしは呟いた。


「人のこと言えないんじゃないか?」

「……うっさい」


 子供みたいに目を逸らす。

 それから溜息を吐き出して、何の脈絡も無く言った。


「……あたし、人間下手なのかな」

「急にスケールが大きくなったな」

「……色々、迷惑だったのかなぁ」


 彼は沈黙を選んだ。

 あたしはその配慮に甘えて、喋る。


「マンガを褒めてもらったこと、本当に嬉しかった」


 大田くんの話。

 多分、風間くんには言わなくても伝わる。


「……少し、舞い上がっちゃったのかも」


 この一ヵ月、本当に楽しかった。


「一緒にイベント行ったりとか」

「イベント?」


 そのことを思い出しながら言う。


「昼休み、学校を抜け出して海に行ったりとか」

「海!?」


 全部、大切な思い出だ。

 でも、だけど、本当は……。


「……迷惑、だったのかな」

「…………」


 膝を抱えて、そこに顔を埋める。

 しばらく待ってみた。でも彼は何も言ってくれなかった。


「……なんか言ってよ」


 催促した。

 彼は困ったように息を吸った。


「ちょっと待ってくれ」

「待たない。なんか言って」


 めんどくさいムーブ。

 呆れられちゃうかな?


 なんでだろ。不思議だ。

 他の人が相手なら我慢するのに、彼が相手だと、まあいいか、と思える。いつの間にか、一番気楽に話せる友達になっていたのかもしれない。


(……片思い、かもだけど)


 あたしは心の中で自虐して、苦笑した。

 

「あれだ!」


 彼は少しだけやけくそっぽい態度で言う。


「悩むより動け! その行動力は、莉子の長所だろ」

「……本当にそう思ってる?」

「もちろんだ。莉子の行動力は、この俺を超えている。それが鬱陶しいと思う相手も居るかもしれない。だけど、あいつは違うだろ。莉子が好きになったのは、そういう相手じゃなかったはずだ」


 ……結構いいこと言うじゃん。


「話してみろよ。悩むより行動する方が、莉子に合ってるんじゃないか?」

「……そうかな?」

「もしも失敗したら、俺をサンドバックにすればいい」

「……サンドバック?」

「この俺が悩み相談を受けたんだ。責任を取るに決まってるだろ」

「……何してくれるの?」

「何でもするよ」

「……ふーん?」


 彼は不敵な笑みを見せる。

 それから立ち上がって、グッと伸びをした。


「よしっ、帰るか」

「……いや、ドア開かないじゃん」

「ちょっと待ってろ」


 彼は壁に向かって走ると、器用にジャンプして、窓に飛びついた。


「……やっば」


 忍者みたいな動き。

 彼は窓から脱出した。


「……やっばぁ」


 一人になった。

 あたしは一分くらい呆然とした後、ふと物思いに耽る。


「……なるほどねぇ」


 雪城花恋さん。

 あたしの恋敵。


 その事実を知った時、納得した。

 悔しいけど、好きになっても不思議じゃないと思った。


 そんな花恋の想い人、風間くん。少し前のあたしは「顔だけのクソ野郎」と思っていたけど、今は違う。とても納得している。彼は、本当に素敵な人だ。


「……あたし以外、良い人ばっかりだ」


 卑屈になって、また膝に顔を埋めた。

 そのまま一分くらい静寂が続いて、ふと思い出した。


「……同じ、立場?」


 それは花恋さんが口にした言葉。


「……同じ、立場」


 ……。

 …………。


 なんか、絡んでくる。

 なんか、優しい。

 なんか、いつも会う。

 なんか、なんか、なんか……。


「!?」


 ひとつの考えに思い至った。

 その瞬間、体育館倉庫のドアが開いた。


「悪い、鍵を借りるのに手間取った」


 …………。


「どうした? 居眠りでもしてたのか?」


 もしかして。


 もしかして。


 もしかして。


「うん! えっと、そんな感じ! 早かったね!」

「……ああ、まあ、走ったから?」

「じゃ! あたし急ぐから!」


 彼の横を駆け抜けた。

 そのまま全速力で走った。


 誰も居ない場所。

 一人になった後、立ち止まる。


 息が苦しい。

 膝に手をついて、呼吸を整えながら周囲を見る。


 誰も居ない。誰も居ない。

 入念に確認した後、呟いた。


「……もしかして、あたしのことを?」


 その言葉が自分の中に入り込む。

 色々な場所を通って、心の奥、一番深い場所まで届いた。


 体中が、熱くなった。

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