第11話 脳みそ死屍累々

 その後、程々に親睦を深めた俺達は、相模湖MORIMORIを遊びつくした。

 

 ここに来たのは二度目だ。

 体を動かすアトラクションが多いことは知っていた。しかし当時小学生だった自分が問題なく遊べたから、高校生になった今は余裕だと思っていた。


 だが違った。体が小さい頃は問題なくクリアできた場所なのに、体が大きくなったことで難関に変わっていた。普段あまり行わない上下運動は、とても大変だった。


 大人も子供も楽しめる絶妙な設計である。

 これを考えたやつは、きっとイケメンに違いない。


「たはー! やばっ、マジ汗だく」

「……あはは、そうですね。ほんと、大変でした」


 と、楽しそうな莉子。

 その隣でオタクくんは死にそうな顔をしている。


 ふはっ、生まれたての小鹿かよ。

 膝が笑ってるぜ。雑魚。ざーこw


「みーくん。タオル使いますか?」

「ありがとう。でも大丈夫。このあと直ぐ温泉だから」


 一方で、花恋は涼しい顔をしている。

 俺も程々に披露するレベルだったけど……やっぱこいつ怖いわ。


「ダメです。汗を拭かせて頂きます」

「……分かった。好きにしてくれ」

「ふふ、このタオルは家宝にしますね」


 最後の言葉は聴こえなかったことにしよう。

 さて、次は温泉タイムだ。しっかりと汗を流して服も変える。


 正直、俺は着替えを楽しみにしている。

 莉子のデート服、この目に焼き付けることにしよう。


 あわよくば……。

 そのまま、ぺろりと頂いてやるよ。


 ふ、はは、ふはは。

 ふーはっはっはっはっは!



 *  *  *



 温泉内には子連れの客が多く居た。

 俺達の他に高校生だけで来ている客は見当たらない。


 まったく、嘆かわしいものだ。

 相模湖MORIMORI以上に楽しい遊園地など、他には存在しないのに。


 さてさて、どうしたものか。

 正直、男と二人で温泉なんて、気が乗らない。


 そもそも温泉とは、次のようなものだ。

 青い空、水の音、時々目に映るおっさんのケツ。


 快適な前者ふたつを台無しにするケツとのエンカウント率は、人口密度が増す程に上昇する。ちょうど遊園地から帰宅する人が集まっている今の時間帯は、まあ、最悪だった。


 ただ、温泉は素晴らしい。

 全身を包み込むような柔らかさを持ったジェットバスは、一生独占していたい気分になるほど心地良かった。クソガキに泣きそうな目で見つめられなかったら、実際に独占していたかもしれない。良かったなクソガキ。俺がイケメンだったことを喜べ。


 汚い感想はさておき、やるべきことがある。

 それはオタクくんに花恋を押し付けること。

 なんとしても彼の恋を成就させ、あのメンヘラから逃れるのだ。


「やぁ、温泉はどうだい?」


 着替え以降、別行動していた。

 俺は露天風呂で溶けていたオタクくんを見つけ、彼の隣に座った。


「……足が痛いです」

「運動不足だな。揉んでやろうか?」

「……大丈夫です」

「ははは、変なところで遠慮がちだな」


 アイスブレイク。


「ところで、花恋とは話せたか?」

「……花恋」

「ああ、幼馴染なんだよ。言わなかったか?」


 俺は一瞬で察した。オタクくんは「名前で呼び合う関係なんだね……」とか思ったはずだ。


「家ぐるみの付き合いで、兄妹みたいなもんだよ。向こうは俺を弟だと思ってる節があるけどな」


 恋人になることは絶対にない。

 だからオタクくんを全力で応援するとアピール。


「それで? どうだった?」

「……どうって?」

「二人きりになっただろ?」

「…………」


 オタクくんは俯いた。

 まぁ、予想通りの反応だ。


 やれやれ仕方がない。

 花恋が好きそうな話を二十個ほど伝授するか。



 *  大田草彦  *



 風間くんが、雪城さんが好きな話を教えてくれた。

 でも僕は……その話を、彼女に直接してあげて欲しいと思った。


(……風間くんは、僕が雪城さんと会話できなかったと思ってるみたいだ)


 それは違う。

 本当は夢みたいに盛り上がった。


 全部、風間くんの話だった。

 

(……あれを見たら、僕でも分かります)


 雪城さんは、風間くんのことが好きだ。

 

(……僕は)


 どうしようかな。

 風間くんには全く悪意が無い。僕を応援すると言ってくれている。もしも雪城さんが知ったら……。


(……すごく、残酷だ)


 でも、同時に考えてしまう。

 風間くんの気持ちが変わらないとしたら……。


(……僕は、最低だ)


 消えてしまいたい気分だった。

 せっかくの温泉なのに、あんまり楽しめないまま、湯船を出た。


 二十分くらい待った後、女子二人と合流した。

 四人でレストランに向かって、食事を始めた。


 会話の中心は、舞浜さんと風間くんだった。

 二人は本当に会話が上手で、僕みたいな日陰者にも適度に話を振ってくれた。


 僕は、あまり話すことが得意じゃない。

 いつも人の顔色をうかがっている。


 だから、分かった。

 雪城さんは風間くんことばかり見ている。


 でも、風間くんは……僕と雪城さんが会話できるように話をしている。それを気にしてか、莉子さんは、風間くんと雪城さんが会話できるように話している。


(……全部、分かるのに)


 僕は、何もできない。


(……嫌だ)


 変わりたい。

 風間くんみたいになりたい。


「……あの!」


 声量バグった。恥ずかしい。


「……ちょっと、お手洗いに」

「おっ、じゃあたしも」


 莉子さんが僕に便乗した。


「風間くんは、雪城さんと待っててね!」


 しかも釘を差した。

 流石のコミュニケーション能力だ。


(……これで、良かったよね)


 去り際に雪城さんを一瞥する。

 彼女は、やっぱり風間くんしか見ていなかった。



 *  舞浜莉子  *



 ぬぃひひっ、抜け出したった〜!

 花恋、ファイトだよ!


 そんであたしは大田くんと二人〜!

 お手洗いまでの短い時間だけど……道に迷っちゃうかもね! かもね! むしろ提案しちゃうか!?


「ねっ、大田くん」


 ……あれ?

 なんか、悲しそうな雰囲気?


 あっ、どこか見た。

 ……えっと、ちょっと、待ってね?


 もしかして……えっ、そういうこと?

 大田くん、花恋のこと、気になってる?


「…………」


 いや、でも、一瞬だった。

 きっと勘違い……だよね?


 分かるよ。すごく分かる。

 花恋すごく可愛くて、アニメのヒロインみたい。


 大田くんの好み、ど真ん中、なのかも。

 うわっ、どうしよ。めっちゃそんな気がしてきた。


「……舞浜さん?」

「はいっ!」


 やばっ、ビビッた。

 ちょっと出たかも。なんちゃって。


「どうかしましたか?」

「いや、えっと、なんか花恋のこと気になるのかな……いやいやっ、べつにっ、なんでもない! あー、やばっ、ちょっと我慢限界かも〜!」


 あたしは駆け足で逃げた。

 二歩、三歩、五歩……少し走った後、振り返る。


(……あっ)


 あたしは、とても後悔した。

 大田くんの、あんな顔、見たくなかった。



 *  風間雅  *

 


 クソがっ、全部分かってんだよ!

 オタクくん、花恋のヤバさに気付きやがったな!?


 上手いこと逃げやがって! ふざけんな!

 んで、莉子は結局そっちに行くのかよ……!


 とか思ってたら……は?

 オタクくん、何してんだ? 


 そこは莉子と二人で行けや!

 なんで別行動なんだよ!? ぶちころすぞ!?


 幸せを噛み締めろ!

 風呂上がりの莉子をくんかくんかして咽び泣け!


 ……はぁぁぁぁ。

 マジで、どうすんだこれ。


 何の成果も得られないまま帰るとか最悪だぞ。

 いや、いや、まだだ。諦めるな。俺は花恋の興味をオタクくんに向ける。


「花恋、聞いてくれよ。実は……」


 クソがっ、何が悲しくてこいつと二人で会話しなきゃダメなんだよ。莉子を出せ。チェンジだ!



 *  雪城花恋  *



 なるほど、そういうことですか。

 ずっと疑問でした。本当に分からなかった。


 彼の好みを学び、合わせ、自分を磨き続けた。

 それでも一向に振り向いてくれない。


 なぜ。なぜ。なぜ。

 その理由が……今日、分かった。


 彼の視線、会話内容。

 誰よりも理解しているから、分かってしまう。


(……許さない)


 消してやる。

 あんなやつ、彼に相応しくない。


(……絶対、認めない)


 彼のことは誰よりも知っている。

 だから一定の理解は示せる。でも納得できない。


 正直、そうかもって思うことはあった。

 だけど、だけど、だけど、それは、あまりにも!


 私の方が好きだ。

 私の方が、あなたに尽くせるのに……!


(……大田、草彦!)


 あの男の話ばっかり!

 みーくんは、ゲイだったんだ!


 うわああああああああ!

 そんなの嫌だあああああああああ!



 ――莉子の気持ちは分かる。でも。


 ――風間くんは素敵な人だ。だけど。


 ――花恋はかわいい。分かるよ。それでも。


 ――理解はしてあげる。だけど認めない。だって。


 俺の方が、

 私の方が、

 僕の方が、

 あたしの方が、


「「「「ずっと、好きだから……!」」」」





―――


 第一部、完!

 地獄の四角関係、混沌編に続く!


 面白い! 今後も楽しみ! と思って頂けたら、フォロー・レビューなど頂けると嬉しいです!


 執筆のモチベーションにも繋がりますのでよろしくお願いします!

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