第9話 青空デート ~風間×雪城~

 二周目が始まった。

 

「何年振りでしょうか。こんな風に、みーくんとお話するのは」

「……さあ、小学校以来だったか?」


 隣には花恋が座っている。

 家同士の付き合いがあり、初めて会ったのは0歳の時だと親が言っていた。


「1876日振りです。忘れるなんて、酷い」


 ……こいつマジ怖いんだわ。

 何その数字。ずっと数えてたの?


「ふふっ、朝のルーティーンにしています」


 心読まれるのも怖いんだわ。

 なんだよ朝のルーティーンって。もっと建設的なことしろよ。


「みーくんは、恩知らずですね」


 ……なんのことだ?

 俺は急にそっぽを向いた花恋の横顔に視線を送った。


「沢山お世話してあげたのに、最近ずっと塩対応です」


 花恋は不満そうな声で言うと、俺の肩に頭を乗せた。


「懐かしいですね。小学生の頃は、よく二人で遊びました」

「……そうだな」

「覚えていますか? 二人で山遊びをした時の話です」

「……?」

「私は怪我をして、歩けなくなってしまいました。隣には頼りない弟みたいな男の子が一人だけ。絶望しました。でも、みーくんは、私を背負って歩いてくれた。身長は私の方が大きかったのに、がんばって歩いてくれた。……ふふっ、あの時は、本当に嬉しかったなあ」


 花恋はペダルを踏む作業を俺にぶん投げ、語り続ける。


「私はお礼にパンケーキを作りました。ちょっと失敗しちゃったけど、みーくんは美味しそうに食べてくれました。それが嬉しくて、今では私の得意料理です」


 花恋は、さらに身を寄せた。

 ふわりと漂う甘い香りと共に、女子特有の柔らかさを感じて、俺は……。


「みーくんと競い合ったこともありましたよね。中学一年生の二学期です。一学期の試験で私が圧倒的な大差を付けて勝利したものですから、みーくんは悔しくて必死に勉強しました。私に宣戦布告までして……ふふっ、可愛かったなあ」


 俺は……本当に……。


「でも、最近は会話する機会が極端に減りました。それどころか、私を見ると露骨に目を逸らす。嫌われてしまったのかと思えば、誕生日にはプレゼントをくれました。直接会って、お祝いをしてくれました。当時も直接伝えましたけれど、本当に、嬉しく思っています。今年も期待していますよ?」


 俺は本当に心から思った。

 やっぱこいつメッチャ怖いわ。


 何が怖いって?

 今の話、ほとんど知らないんだわ。


 妄想なのよ。ほとんど。

 あたかも本当の出来事みたいに話してるけど、違うんよ。


 本当に怖いのは、全部が噓じゃないってこと。

 ほんの少しだけ掠ってる内容を、真実めいて話すから、一瞬「そうだったかも?」という気持ちにさせられる。でも冷静に考えると普通に噓なんだよ。マジで怖い。


「……花恋」

「なんですか?」


 俺は一度、深呼吸をした。

 やるべきことは決まっている。花恋の目的を聞き出すことだ。


 いつもの妄想トークで先手を打たれたが、問題ない。

 イケメンである俺は、どのようなトークを受けても動じない。


「ああ、そうだ。言い忘れていました」


 しかし、タイミングを外された。


「私、莉子さんとお友達になりました」

「…………そうか」

「連絡先、自宅の場所、家族構成、両親のお仕事。全部、知ってるんですよ」


 ……。


「あはっ」


 花が咲いたような笑顔。

 それを見て、俺は……。


「花恋、あっちに見える相模湖、どう思う?」

「……美しいですね。紅葉の季節に来たら、もっと奇麗だと思います」

「そうか? 俺は、いつ来ても変わらないと思うけどな」

「どうして?」


 花恋を見つめる。


「もっと奇麗な人が、傍に居るから」

「……みーくんっ♡」


 俺は、全力で機嫌を取ることにした。

 だって怖いんだもん。何するか分からないもん。マジで。


「みーくんは、私を喜ばせることが得意になりましたね」

「……そうか?」 

「ええ、そうですよ。ふふっ、塩対応なんて言ってごめんなさい。なんだか、他の人と仲良くしている様子でしたから、嫉妬しちゃいました」


 冷や汗とまんねぇ……。


「私も、みーくんを喜ばせられるように、もっと、努力しますね」

「……はは、ありがとう。嬉しいよ」


 空の上。逃げ場はない。

 見目潤しい女子と二人きり。ほぼ、ゼロ距離。


 この時間が、一秒でも早く終われば良いのに。

 そんな風に思いながら、俺は、ひたすら花恋の機嫌を取り続けた。

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