第8話 青空デート ~風間×大田~
晴れ渡る青空の下、俺は空の旅を楽しんでいた。
これは園内を程々に見渡せて、近場にある相模湖を上から見られるアトラクションである。移動するためには程々にペダルを踏む必要があり、まあまあ疲れる。
ひとつ前を走っているのは二人組のカップル。自撮り棒を二人で持ってノロノロと移動している。俺も立場が変われば同じことをするだろうが、今はひらすら鬱陶しいと感じる。
なぜ後ろ向きなことを考えているのかって?
それは隣に座っているのがオタクくんだからだよ。
(……この一周だけの辛抱だ)
当然、自ら望んで男二人で空の旅をエンジョイしているわけではない。
提案者は莉子。
今回の四人で相関図を作ると、友達の友達みたいな関係が現れる。これを解消するため、莉子が二人でまったり会話できるアトラクションに乗ることを提案した。
ペアの組み合わせは全通り行う。
このため、一人あたり三回ほど旅をすることになる。
莉子がどこまで計算しているのか不明だが、素直に上手いと思った。同じアトラクションに繰り返し乗るのは苦痛だが、三回なら耐えられる。しかも「全通り」という提案によって、確実に一度は「本命」と組むことができる。さらに、誰が本命なのか隠すことも可能となっている。
俺はオタクくんと莉子の想い人を知っているが、花恋の目的が分からない。
莉子は恐らく花恋の目的を知っているが、オタクくんの想い人を知らないはずだ。
花恋については全く読めない。
オタクくんは恐らく何も知らない。
(……この四人、一歩間違えたらドロドロじゃね?)
そんなことを思いながら、俺は景色を眺めていた。
(……莉子と乗るのは最後、三回目か)
それまでに景色の中から会話のネタを見つけておきたい。
だが、流石に他の二人と何も話さないわけにはいかない。
(……まあ、やるからには楽しむか)
俺はある意味で覚悟を決め、オタクくんに声をかけた。
「いい景色だな!」
あえて、声を張る。
これくらいの大きさで返事してくれ、という意図を込めたつもりだ。
だって普段のオタクくんメッチャ声小さいもん。
密着すれば聴こえるだろうけど、それだけは絶対に嫌だ。
「……!」
もっと腹に力を込めろ!
「オタクくん、ここ来た事ある?」
「……無いです!」
おっ、次はちゃんと聴こえた。
やればできるじゃねぇか。……てか、ちょっと息あがってね?
「もしかして、もう疲れた?」
「……いえ、その、えっと」
こいつ、どこ見て話してんだ……?
……空か? おっぱいの形した雲でも見つけたのか?
「……実は、高所恐怖症で」
はーん、なるほどねぇ。
これが女の子なら「じゃあ、俺だけ見てろよ」とか言ってるけど……。
ふむ、何事も練習か。
こいつにならどう思われても平気だし、戯れに、言ってみよう。
「じゃあ、俺だけ見てろよ」
「ふぇ!?」
落とすぞ?
ふぇ? じゃねんだわ。
「……風間くんは、やっぱり、すごいですね」
「イケメンだからな」
なんだよ、
「……あの、どうやったら」
「ごめん、よく聴こえない」
「どうやったら! そんな風になれますか!?」
どうやっても無理だよ諦めろ雑魚。
「察するに、オタクくんは自分に自信を持ちたいのかな?」
「……はい! そうです!」
「なるほどね」
俺は「鬱陶しいなぁ」「今日中に莉子を落として持ち帰りてぇなぁ」と思いながらオタクくんに語り掛ける。
「風間家の話をしようか」
「……風間家。ご実家のお話ですか?」
「そうだ。ウチは祖父の頃からイケメンだった。若い頃の祖父は女癖の悪い男だったが、あることをきっかけに変わった。なんだか分かるか?」
「……刺されたとか?」
「第二次世界大戦だ。若い男が徴兵される中、祖父は手籠めにした女たちに匿われ、戦争を回避することに成功した」
脳内の99%を莉子で満たしながら、俺は実家の話をする。
「戦争の後、焼け野原になった日本を見て思ったそうだ。戦いを避けた自分は、生き残った責任を果たさなければならない。こうして風間財閥が生まれた。我が家の家訓は、恥の無い人生を歩むこと」
実際に祖父から何度も聴かされた話だ。
どこまで真実なのかは、確かめようが無いけどな。
「俺の容姿は遺伝だ。偉大な祖父から与えられたものだ。そして俺は、家訓に従って恥の無い人生を歩んでいる。何ら恥ずることが無いのならば、誰もが羨む立場にある者として、自分を下げる謙遜など許されない。俺が劣っているならば、世界の全てが劣っていることになるからだ」
「……なるほど」
オタクくんは言う。
「……あはは。やっぱり、生まれが全てなんですかね」
「ビル・ゲイツは言った。生まれた時に貧しいのはあなたの過ちではないが、死ぬ時に貧しいのはあなたの過ちである。そして、風間雅は言った。容姿の五割は後天的に決まる」
おっ、あれ莉子じゃね?
花恋と何を話して……くそっ、読唇術を学んでおくべきだった!
「オタクくん、風呂上りに肌をケアしているか?」
「……えっと」
「鏡の前で表情筋を鍛えたことは? 食生活、運動、睡眠時間など。普段の生活で、何か意識していることはあるか?」
「…………」
「俺は全部やってる」
「……全部」
「確かに、俺は完璧な五割を持って生まれた。だが……いや、だからこそ、残り五割を決して取りこぼさない生き方を心掛けている。故に、俺は自分を卑下しない。常に理想の自分を目指し、前だけを見ている」
結局オタクくんとはあまり話せなかったな。
まあ、いいか。どうせ話題が無い。俺の自分語りで十分だ。
「分かるか? 全部、君次第だ。今日からでも遅くない。例え遺伝子に恵まれなかったとしても、残りの五割は努力で手に入る。それは俺の半分だ。悪くないだろう?」
俺はオタクくんに言った。
お前がどんなに頑張ったところで、俺の半分以下の価値しかない人間にしかなれないですけどねwww
それを聞いて、彼は、
「……ありがとうございます!」
……ドエムなのかな?
「やっぱり、風間くんはすごいです!」
「……ふっ、そうだろう」
オタクくんの好感度が上がったような気がする。
なぜだ。分からない。ずっと莉子を口説き落とす方法を考えていた。
……まあ、いっか。
何が悲しくて男について考察する必要があるんだって話だ。
「ちょうど終わったな」
「……そうですね。もうちょっと話を聞きたかったな……なんて」
さて、次は花恋だ。
あいつの目的、しっかり聞き出すことにしよう。
「じゃ、また後で」
「……はい!」
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