第6話 雪城花恋の恋愛相談

 *  雪城花恋  *



「こんにちは」


 お昼休みの時間。

 私は、汚物に声をかけた。


 ここは北校舎と中校舎の間にある広場。

 汚物は、花壇に座って菓子パンを食べていた。


「お隣、よろしいでしょうか?」


 汚物は不思議そうな顔で私を見上げた。

 私は拒絶される可能性も考慮していたが、無事に承諾された。


「失礼いたします」


 みーくんが見ているかもしれない。

 みーくんに話が伝わるかもしれない。


 だから、どんな時でも上品な所作を心掛けている。

 それは今すぐに息の根を止めたいと考えている汚物の前でも変わらない。


「ここは、心地よい風が吹く場所ですね」

「……そう、ですね」

「恋バナをしましょう」

「……なんで?」


 私は空を見上げました。

 どこまでも続く青い空。

 この空よりも広い心を持って、汚物の愚鈍な質問に答えます。


「貴女から、恋煩いの気配を感じました」

「うぇへっ!?」


 下品な鳴き声。汚らわしい。

 しかし、私は宇宙よりも広い心を持って会話を継続します。


「ふふ、図星みたいですね」

「……なんで分かったの?」

「顔を見れば分かります」

「うそっ、やばっ、恥っず。そんな顔してた?」


 顔がタコみたいに真っ赤。

 タコの価値は6個で500円。

 この汚物の単価は、83円。QED。


「83円さん」

「どゆこと?」

「失礼しました。私は花恋と申します。あなたのお名前は?」

「……莉子です」

「莉子さん。ふふっ、名前で呼んでしまいました。これでもう、お友達ですね」


 私は汚物の手を握って言った。

 後で絶対に手を洗う。後で絶対に手を洗う。


「私のことも、どうか花恋とお呼びください」


 汚物は困惑した様子で頷いた。

 私は汚物から手を放し、問い直す。


「私と恋バナして頂けますか?」

「…………」

「無言は肯定と受け取りますよ」

「……あのさ」


 汚物は俯いたまま言いました。まあ、なんて卑しい。人と会話する時は、相手の目を見るように教わらなかったのでしょうか。汚らわしい。


「はい、なんでしょうか」

「……花恋は、告白、したことある?」


 あら、想像よりも少し踏み込んだ質問ですね。

 要するに、告白するべきか否か悩んでいる、ということでしょうか。汚らわしい。


 さてさて、どうしましょうか。

 みーくんに優しくされた女性が恋に落ちてしまうことは、地球に重力が存在するが如く当たり前のことですが、そんなの絶対に許しません。


「告白、ですか」


 私はみーくんを信じています。

 しかし、万が一、億が一、気の迷いが生じる可能性があります。


 だから潰します。


「これは純粋な疑問なのですが、告白とは、どのような目的で行うのでしょうか?」

「……目的?」

「よくある話だと、恋人になりたい、とか?」

「……ああ、そういうことか。うん。えっと。そう……かも? たはー、恥っず」


 汚らわしい。

 何を一人で舞い上がっているの。


「私、疑問なのです。恋人とは、何なのでしょうか」

「……どういうこと?」

「例えば、友達とは何が違うのでしょうか」


 息を止め、汚物の目を真っ直ぐに見つめる。


「莉子さんは、どのような関係を想像しますか?」

「……」


 汚物は無言で目をパチパチしました。


「……花恋は、どう思う?」

「質問しているのは私です。答えてください」


 私は真剣な表情をキープする。

 汚物は私をチラチラと見た後、胸の前で指遊びをしながら言った。


「……特別な、関係?」

「具体的には?」

「……一緒に遊んだり、とか?」

「友達とも一緒に遊びます」

「……二人きり、とか」

「友達とも二人で遊びます」

「……手を繋いだり、とか」

「友達とも手を繋ぎます」

「……き、キス、したり、とか?」

「海外では、友達ともキスをします」


 ほっぺですけど。


「でも、なるほど。理解しました。莉子さんの定義する恋人とは、要するに性行為を行う相手、ということですね」

「……セッ!?」

「つまり告白とは、私と性行為をする関係になってください、ということですね」

「やっ、それは、なんか、違くない……?」

「何が違うのでしょうか?」


 本当に汚らわしい。

 無駄に否定するよりも、ただの性欲だと認めた方が清々しいですよ。


「私には、セックスフレンドという言葉を彼氏彼女という言葉に置き換えているようにしか思えないのです。変ですよね。自覚はあります。ただ、あまり会話したことの殿方から何度も告白されるものですから、理由を考えて、この結論に至ったのです」


 私は愁いを帯びた美少女の横顔を演出する。


「赤の他人なら、まだ我慢できます。でも……」


 はい、ここで決め台詞。


「友達から性欲を向けられた時は、とても悲しい気持ちになります」


 ……あはっ。

 最高です。汚物の顔が歪みました。


 きっと、考えてしまったのでしょう。

 もしも自分が告白した時、相手に同じように思われてしまったら、と。


 でも安心してください。

 私はあなたに嫌がらせをするためだけに、こんな話をしたわけではありません。


「だから、今、とても悩み、苦しんでいます」


 汚物は消毒する必要があります。

 しかし、毒素を浄化した後なら……利用価値がある。


「私自身が、その立場になってしまったからです」


 私は再び汚物の手を握り締める。


「私、風間雅様のことを、お慕いしております」


 そして先手を打った。

 全ては、相手の気持ちを抑え込むために。


「私は、どうすれば良いのでしょうか」


 さあ、歓喜に震え、むせび泣きなさい。

 私の恋に貢献できる名誉を、あなたに与えます。


「今日初めて話す方に相談することではないかもしれません。だけど、不思議です。莉子さんになら、相談できると思えました」


 私は任意のタイミングで涙を流すことができる。

 その技術を使って、汚物に本気度をアピールする。


「ごめんなさい。私ばかり、一方的に話してしまって」


 実際、本気です。

 みーくんのことは誰にも渡さない。


「お詫びに、莉子さんの話も聞かせてください」


 我ながら、悪辣なことをしている。

 このような流れで、「実はあなたと同じ人が好き」などと言えるわけがない。


「私にできる範囲で、ご協力させて頂きます」

 

 戦うか、身を引くか。

 彼女に選べるのは、どちらか一方だけ。

 

 自分で言うのは照れますが、私は可憐な外見をしております。そのような人物が、涙を流しながら恋煩いを打ち明けた。さて、この後に「戦う」ことを選べる人が一体どれだけ存在するでしょうか。


「あたし、応援する!」

「……ありがとう、ございます?」


 どういうことでしょうか。

 なんだか、思っていた反応と違います。


「そうだ! 良いこと思い付いた!」


 汚物は立ち上がり、太陽に背を向け、私に言いました。


「次の日曜日、空いてる?」

「……ええ、予定は、特に」

「じゃあ、どっか行こ! 風間くんと、あと別の男子も誘って、四人で!」


 …………?


「どうかな?」


 汚物は向日葵のような笑顔で言いました。

 私は汚物の背にある太陽が眩しくて、ふと目を伏せる。その動作を首肯と受け取ったのか、汚物はイノシシみたいに走り出した。


「後でまた連絡する~!」


 こうして、私は一人、取り残された。


「……?」


 首を傾ける。


「……??」


 反対側に傾ける。


「……???」


 なーんにも分からなかった。





=== まとめ


 風間雅

 ⇒ 舞浜:おもしれー女

 ⇒ 大田:敵

 ⇒ 雪城:幼馴染


 舞浜莉子

 ⇒ 風間:同じ学校の人!

 ⇒ 大田:好き!

 ⇒ 雪城:かわいい! 応援する!

 

 大田草彦

 ⇒ 風間:憧れ

 ⇒ 舞浜:友達

 ⇒ 雪城:好き


 雪城花恋

 ⇒ 舞浜:敵

 ⇒ 大田:知らない人

 ⇒ 風間:好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き

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