第5話 千載一遇

 あまりにも突然の展開。

 最初は驚いたが、直ぐ冷静になった。


 こんな非日常、滅多に無い。

 しかも主要な人物が揃っている。


 またとないチャンスだ。

 莉子には悪いが、少し様子を見させてもらおう。


(……この学校、意外と治安が悪かったのか)


 状況はさておき、どこか呆れている自分が居た。

 今どきカツアゲって……普通にバイトした方がコスパ良いだろ。知らんけど。


「草彦くぅん、素敵なお友達が居たんだねぇ?」


 おっと、呆れてる場合じゃない。

 オタクくんがどうなろうと知ったことじゃないが、莉子は必ず守る。


 ただ、本音を言えば見なかったことにしたい。

 だってこれ、落とし所、どうすんだよ。大田くん的には、鮫島ってやつが因縁の相手だろうから、返り討ちにすればスッキリするかもしれない。


 でも、俺がそれを手伝うメリット、何?

 割に合わない。相手をボコして終わりじゃねんだわ。


 しつこく絡まれるかもしれない。

 バックに沢山のお仲間が居るかもしれない。


 ここは偏差値の高い学校だ。

 それでもヤンチャするってことは、親が権力者なのかもしれない。


 後処理、絶対めんどうだぞこれ。

 楽に解決できる方法を考えないと……。


「みゃっ!」


 なんだ今の声。オタクくんか?

 ぼんやり窓ガラスの向こうを眺めていた俺は、教室に目を戻した。


「舞浜っ、さんは……関係ないです!」


 ……おぉ、やるじゃん。

 声も足も震えてるけど、ちゃんと前に出たよ。


 チンピラ三人は爆笑。

 不愉快な声が響いた後、オタクくんを持ち上げた。


 物理的に。持ち上げた。

 大男が彼の手首を摑み、揺らしてる。


「草彦くぅん、何か言いまちたかぁ?」


 煽る声と下品な笑い声。

 その後、莉子が低い声で叫んだ。


(……まぁ、そうなるよな)


 オタクくんの行動は、まぁまぁ素敵だった。

 だけど、それで何か解決するのはコミックの中だけの話だ。


 現実は違う。

 今日までの積み重ねが全て。


 弱いまま生きることを選択したオタクくんが悪い。

 腕力の話じゃない。この状況で、言葉で解決することを選べないとか、最悪だ。


 まぁ、俺にとっては好都合だけどね。このまま莉子がオタクくんに幻滅してくれたり、後に気まずくなるような結果になってくれると助かる。


 ただ……。


「……う、うわぁああああああ!」

「あははっ、何それ。草彦くぅん、ハグでちゅか?」

「うるさい!」


 彼を見てると……。


「僕は、しょーもない人間です! 僕から何か奪うのは構わない。でも舞浜さんは……舞浜さんは……!」


 鮫島らしき大男は、オタクくんを投げた。

 めっちゃ痛そうな音がした。しかし、オタクくんは直ぐにまた立ち上がった。


 うーん、実に無駄な抵抗だ。

 もっと賢いやり方がいくつもある。


 だけど……嫌いじゃない。

 やるじゃん。好きだよ。そういうの。


 今弱いことは本人の責任だ。

 でも、今頑張ってる弱者を見捨てるのは、イケメンがやることじゃない。


「楽しそうなことしてるね」


 乱入。


「俺も混ぜてよ」


 決まった。

 人生で一度は言ってみたかったセリフ。


(……あー、やばい。やらかしたかも)


 勢いだけで乱入してしまった。

 楽に解決する方法、まだ思い付いてない。

 なるべく穏便に終わらせたいけど、どうしようかな。


「おい鮫島、なんで観客が居るんだ?」


 と、大男がハゲに向かって言った。

 ……えっ、鮫島くんハゲの方なの!?


 お前は誰だよ大男!

 草彦くぅんとか言って、随分と親しげだったじゃん!?

 

辻本つじもとさん、あいつはヤバいです」


 ありがとうメガネくん。

 辻本か。覚えた。三日は忘れない。


 しかも、良いね。最高だよメガネくん。

 俺のことを「理解」してるなら、脅迫できるはずだ。


「全部、録音した」


 俺はスマホを見せつけた。

 実際、録音どころか映像も残してある。


「君達、女の子の好みはある?」

「……あ? 何言ってんだテメェ」


 辻本くんが低い声で言った。

 汚い声だ。俺は溜息を吐いてから話を続ける。


「俺は清楚な子が好みだ。見た目の話じゃない。心が清らかで品のある子が好きなんだ。だから……下品なことをする人は、同じ空間に存在させたくない」


 一歩、前に出た。


「待ってくれ!」


 メガネくんが叫んだ。

 彼は顔面蒼白になって早口で言う。


「我々は、お願いをしていただけだ!」

「……は?」


 お前、頭おかしいのか?

 という意味を込めての、は?


「大田草彦が手にしているレアカード! あれを譲ってくれと頼んでいただけだ!」

「……は?」


 そんな嘘が通用すると思ってんのか?

 という意味を込めての、は?


「本当だ! 平和的に交渉していたのに、その女が間に入ったせいで話が拗れた!」

「あのさ、録音したって言葉、もう忘れた?」

「それは、どこからだ!?」

「莉子に対して、お前が代わりに支払ってくれんのかと凄んでた声、バッチリ入ってるぞ」

「それはっ、自分で買えという話になり、だったら、大田草彦に購入して貰おうという流れで」

「結局それカツアゲだよな?」

「お願いだ!」


 メガネくんは必死だった。あくまで、お願いをしていた。悪いことはしていない。だから見逃せ。そう言っている。


「おいおい、何ビビってんだよ」


 鮫島……じゃなくて、辻本くんが言った。


「金づるが一人増えただけじゃねぇか? あ?」

「待て辻本! そいつはやばい! 絶対にやめろ!」


 よし、決めた。解決方法。

 メガネくんの反応が決め手だ。

 もしもバックに面倒な連中が控えてるなら、こんなに怯えることは無い。


「お前が一番醜い」


 俺は辻本の顎に蹴りを入れた。

 脳震盪でダウン。ガタイが良いだけだったね。


「お前は、まだ少し話が通じそうだな」


 次にメガネくんを脅迫する。


「二度と俺達の前に顔を出すな。意味、分かるか?」


 メガネくんは頷いた。


「それ持って消え失せろ」


 メガネくんは鮫島に合図して、辻本を回収しようとした。


「ハゲ、お前は残れ」

「……!?」


 辻本の瞬殺を見て、鮫島は萎縮していた。

 俺には関係ないけど、せっかくだ。精算させよう。


「今まで、いくらカツアゲした?」

「……俺は、べつに、何も」

「中学一年からの付き合いらしいな?」


 その後、鮫島に「卒業するまで毎週三千円の返済を続けること」を約束させた。意外と素直で好感が持てる男だったよ。話が早くて助かる。


 さあ、醜い時間は終わりだ。

 ここからは颯爽と現れたヒーローの魅力をプレゼンする時間。


 と、思ったのだが……。

 オタクくんが泣き出した。


「……ごめんなさい。迷惑をかけて。やっぱり僕は、舞浜さんに優しくして貰う資格なんて無い……!」


 ドン引きするレベルのガチ泣き。

 いやいや……マジかよ。それは無いわ。


「……こんな、泣くことしかできない雑魚に、もう、構わないでください」


 流石に莉子も引いて……えっ、貰い泣き?


「そんなことない! 大田くんが言ってくれたこと、嬉しかった。今迄ずっと誰かに漫画を見せることが怖かった。でも、もう一度、頑張ろうって思えた!」


 いきなりクライマックスなんだが……。

 俺、もしかして六話分くらい見逃した?


「……それは、僕が泣き虫なだけだ!」


 待て待て待て待て。

 俺も居るんだが? 助けたの俺なんだが?

 二人だけの世界に入らないでくれ。頼むから。


「……舞浜さんのために泣いてくれる、もっと素敵な人が、いっぱい、居るはずです。だから、僕のことは、もう……」


 がんばれオタクくん!

 俺は今、全力で君のことを応援している!


 言え! 突き放せ!

 全力で莉子を拒絶しろ!


 その後で!

 俺が莉子を美味しく頂きます!


「…………」


 莉子が俺を見た。

 なんだよ、その目。


 俺に何か言えってことか?

 今、このタイミングで……?


 やめろやめろ目を細めるな。

 なんで今この状況で俺の好感度が下がるんだよ。おかしいだろ。


「あー、その、アレだ」


 クソがっ、なるようになれ!


「俺も、昔は泣いてばかりだった」


 まずは共感。

 嘘じゃない。零歳の時は泣いてばかりだったはず。


「泣くことは、恥ずかしいことじゃない」


 俺はオタクくんの側で床に膝をついた。


「それは、感受性が豊かな証拠だ」


 なんで俺は男を慰めてるわけ?

 泣きたいのはこっちだよ。クソが。


「君は、他人のためにも泣くことができる。それは、誰にでもできることじゃない」

「……僕が、泣き虫なだけです」

「最後まで聞け!!」

「はいっ!」


 しまった。思わずキレちまったよ。

 やめろ莉子、睨むな。誰でも叫ぶわ、こんなの。


 溜息ひとつ。

 深く息を吸って、気持ちを切り替える。

 

「その大きな感情を、他人に分けてやれ」

「……他人に、分ける?」

「そうだ」


 俺は莉子を見る。


「莉子は、」


 あえての名前呼び。

 俺の莉子だぞ、というアピール。


「君から溢れ出た感情を受け取って、救われた」


 莉子は力強く頷いた。

 良かった。正解みたいだ。


「偶然だったかもしれない。でも、ひとつの事実だ。君の涙にはそういう力がある。それは短所じゃない。長所だ。君次第で、とても大きな武器になる」


 なんか俺めっちゃ良いこと言ってね?

 でも、こっからどうしよう。落ちが分からん。


「「……」」


 やめろやめろ。

 二人ともそんな目で俺を見るな。


「……ふっ」


 俺は全力でそれっぽい表情をした。

 それからオタクくんの肩を叩いて言う。


「忘れるな。全部、君次第だ」

「……僕も」

「僕も?」

「……僕も、風間くんみたいに、なれますか?」


 なれるわけねぇだろ舐めんなよクソが。


「……ふっ」


 本音を隠し、憂いを帯びたイケメンスマイル。


「君次第だ」


 乱入する直前、俺は千載一遇のチャンスを得たと思っていた。

 しかし、どうだろうか。莉子の好感度、しっかり稼げたのだろうか。


 まぁ、多分、きっと、大丈夫。

 そんな気持ちを胸に、俺はクールに立ち去った。



 *  翌日  *



「よっ、オタクくん」


 昼休みの時間。

 俺は階段でぼっち飯しているオタクくんを見つけて声をかけた。


 探したぜチクショウ。

 なんで独りで食べてんだよ。


 いや待てよ……ふふっ、そういうことか。

 莉子と気まずくなった。それ以外にありえない。


「舞浜さんとは、遅くまでラインで話しました」

「……そ、そうか」


 ひょっとして、さらに仲良くなってね?

 そんな気がして、俺は……違う。日和るな!


「オタクくん、恋バナしようぜ」

「……あの」

「なんだ?」

「……なんで、オタクくんなんですか?」

「大田草彦だから」

「……なるほど?」

「じゃ、恋バナしようぜ」

「……急ですね。はは」

「俺は清楚な子が好きって言ったけど、オタクくんはどういう子が好きなんだ?」

「……僕は」


 あれ、普通に言う感じ?

 やめろ。まだ心の準備が!


「……好きな人が居ます」

「そう、か」


 俺は心の中で頭を抱えた。

 突然の恋バナで、あのオタクくんがハッキリと明言するなんて、この時点で答えを言っているようなものだ。


(……見捨てた方が良かったかなぁ)


 あんなイベントの後だ。

 二人の関係性は、より深くなったことだろう。

 

「……実は」


 分かってるよ。

 舞浜さん、とか言うんだろ。


「雪城花恋さんのことが、好きなんです」

「…………」


 ?????


「ごめん、今なんて?」

「二度も言わせないでください……!」

「ごめん。ガチで分かんなかった。なんか雪城って聞こえた気がしたんだけど?」

「…………はい、そうです」


 頭が追いつかない。


「……莉子は?」

「舞浜さんは! そんな! 僕なんか全然……敬愛することはあっても恋愛とは違うと言いますか……!」

「殺すよ?」

「えっ!? なんでですか!?」

「ごめん、言い間違えた」

「なにとですか!?」


 おいおい、どういうことだよ。

 ここに来てミラクルだよ。なんだよそれ。


 もちろん気持ち的には「ふざけんな」だよ。

 あんだけ尽くされて、でも他の人が好きですとか、お前それはマジで無いわ。


 もちろん大歓迎だけどね?

 だけど……それは、違うだろうが!


 てか、雪城花恋だと?

 もしかして……あいつのことか?

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