第4話 弱みを握れば
新学期が始まってから二ヵ月が経過して、初めて同じクラスだったことに気が付いた程度に存在感が薄い生徒。
顔は、まあ、地味だ。
しかし磨けば光る予感がしないこともない。
中肉中背、微妙に傷んだ黒髪。
まさに受け身なラブコメ主人公という風貌である。
(……負けたのか。こんなやつに)
人は見かけで判断できる。
全身の筋肉バランス……とりわけ表情筋には、人生が如実に表れる。粋な人生を歩む者は、たとえ遺伝子に恵まれなくても、凛々しい顔つきになるものだ。
(……やめよう。負け犬の遠吠えだ)
俺は溜息を吐き、卑しい思考を止めた。
莉子は俺よりも彼を好きになった。事実だ。受け入れよう。
そのうえで覆す。
手始めに、敵情視察を始めよう。
彼を知り己を知れば百戦殆からず。寝取りジャンルのエロ本風に言い換えるなら、弱みを握れば即堕ちマジカル珍宝といったところか。
多くの寝取りジャンルは、即堕ちマジカル珍宝というチートアイテムの存在を前提として成立している。しかし、あんなものはファンタジーだ。もしも実在するなら、少子化が社会問題になることはない。
もっと現実的に考えよう。
実現可能な方法で、どうやって「他の誰かに恋してる女」を口説き落とすのか。
これが昼ドラならば、相手に対する不満に付け込む方法が王道だろうか。しかし、残念ながら相手は学園ラブコメである。しかも互いに惹かれあっている初期段階だ。
この関係を破壊する方法は、いくつも思い浮かぶ。
だが、強引な手段で莉子を手に入れたとして、俺は何か価値を感じるのだろうか。
最初は興奮するかもしれない。
しかし、そのうち飽きて捨てる可能性が高い。
それはイケメンのやることではない。
もっとスマートに。クールに。正攻法で攻略する。
だからこそ、敵情視察だ。
真のイケメンは珍宝ではなくデータで寝取る。
(……ふふっ、今から楽しみだ)
俺は何も知らないオタクくんをチラと見て、心の中で呟いた。
(……その情けない顔が、もっと情けなくなる瞬間が!)
* * *
体育の時間。
俺は、大田草彦に接触した。
「ねぇ、君まだ話したことないよね」
爽やかなイケメンスマイル。
男子にも好感を抱かせるはずの挨拶を受けた彼は、無言で財布を差し出した。
「……えっと?」
「ごめんなさい! 今はこれしかなくて……!」
……俺、マジでこいつに負けたの?
「あははっ、おもしろ。何それ新しいギャグ?」
その後、俺はどうにか会話を成立させた。
野郎攻略の詳細なんて割愛するが、二日かかった。
オタクくんガード硬すぎて草なんだわ。
しかし、詳しい話を聞くと納得できる部分もあった。
彼は中学時代から継続的にカツアゲされており、俺みたいな陽キャ顔の男子に声をかけられると、反射的に財布を差し出す程度に調教されてしまったようだ。
とても重要な部分が、ひとつある。
継続的にカツアゲされており、ということだ。
俺は相手の名前を聞き出すことに成功した。
放課後、一直線に相手の教室へ向かったが、その姿は無かった。
女の子達から目撃情報を集める。
そして、あまり人が立ち寄らない校舎の空き教室に辿り着いた。先日、俺が莉子を連れ込んだ場所でもある。
見つけた。
敵――
全部で三人。
廊下に背を向け、とある人物を窓際に追い詰めている。
オタクくん。
そして、彼を庇うようにして立つ莉子だった。
「なになに? 君が代わりに支払ってくれるわけ?」
鮫島らしき男子が言った。
長身でガタイが良い。威圧感のある男子だ。
「バカなの? 払うわけねぇだろそんなの」
とても低い声で対応した莉子。
しかし、それを聞いた男子達はクスクスと嗤う。
「まぁ、君に拒否権とか無いけどね?」
と、恐らくは鮫島。
「ちゃんと俺らにも回してくださいよ」
と、取り巻きのハゲ。
「ふふっ、今回もたっぷり稼げそうだ」
と、取り巻きのメガネくん。
「舞浜さん逃げてください。僕は、大丈夫ですから」
「黙って。あたし、こういうの許さないから」
その光景を見て、俺は……
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