第2話 恋をしたのか。俺以外のやつと
「莉子、恋バナしようぜ」
昼休みの時間。他に誰も来ない空き教室。
俺は言葉巧みに莉子を連れ込み、いわゆる壁ドンをした。
これはイケメンにだけ許された奥義。
大半の女子は落ちるだろうが莉子には通用しない。
しかし積み重ねがある。
一ヵ月、友人として過ごした実績がある。
多少はドキドキしているはずだ。
その動揺を利用してやる。覚悟しろ。莉子。
「昨日、放課後、空き教室。男子と二人で居たよな」
テンポ良く。
ストレートに。
「あいつのこと、好きなのか?」
少し強引かもしれない。
だけど、これには理由がある
昨日、「寝取る」という言葉を深く理解するため、数多くのエロ本を読み、俺は真理に辿り着いた。
テンポ良く恋愛を進められない者は、チンポ良いと言わせることができないのだ。
さて、どうなるかな。
莉子の返事は、果たして……。
「うぇへっ!? やっ、べつにっ、好きとか、いや、あはっ、いやぁ~?」
「…………ふーん、おもしれーじゃん」
俺は平静を装って言った。
「莉子、恋愛に興味あったんだ」
「ちょっ、なに、どしたん、急に。やめてよ。うわっ、顔あっつ」
彼女は手でパタパタと顔をあおいで言う。
「べつに、好きとか、まだ分かんないし……」
そのセリフを好きじゃない相手に言うやつ見たことねんだわ。クソが。ワンチャン勘違い説あるかと期待したが、確定かよ。
「恋をしたのか。俺以外のやつと」
「……風間くん、たまに古いネタ言うよね。あはは、お姉さんの影響とか?」
今の台詞は莉子を口説くために考えた甘い言葉だ。しかし、どうやら過去にアニメなどで見聞きしたことがあるようで、ネタとして受け取られてしまった。
……オタクの人って、いつもこうなのか?
口説き文句を考えるイケメンの気持ちも考えてください。
「莉子、茶化すなよ」
落ち着け。心の動揺を見せるな。
このまま攻め続ける。俺ならできる。
「莉子のそんな照れた顔、見たことない」
「照れっ、て、ないけどぉ~!?」
「彼、どんな感じなんだ? 教えてよ」
「……べつに、普通だってば」
莉子は胸の前で指遊びを始めた。
「…………えへっ」
自己完結するな声に出せ!
「アニメとか好きな感じ?」
「……そー、かも?」
「最近知り合ったばっかり?」
「……一ヶ月くらい?」
俺と同時期じゃねぇかよ!?
俺に口説かれてる裏で、あのパッとしない野郎と恋の花を咲かせていた……ってことか!?
「……へぇ?」
落ち着け。脳を破壊されてる場合じゃない。
どうせ少年マンガのラブコメみたいなスローテンポで進行しているはずだ。そういう雰囲気だった。
「教えろよ。何があったのか」
莉子は目を泳がせた。
「……そんなに聞きたい?」
「聞きたい」
莉子は諦めた様子で息を吐いた。
そして、ゆっくりとした口調で語り始める。
出会いは図書室。
莉子は、趣味で漫画を描いていた。
とても良い作品が描けた。
莉子史上、最高傑作だったそうだ。
誰かの感想が聞きたい。
しかし、過去に出版社でボロクソ言われたトラウマがあり、どうしても他人に見せられなかった。
莉子は漫画を机に残して席を離れた。
お花を摘んだ後で図書室に戻ると、見知らぬ男子が莉子の漫画を読んでいた。
莉子はブチギレ発狂パラダイス。
その男子から漫画を取り上げようとしたが、彼の目に浮かぶ涙を見て思い留まった。
莉子は作者であることを隠して理由を訊ねた。
男子は漫画の感想を口にした。その過程で、莉子が漫画に込めた想いを全て言い当てた。
「正直めっちゃ恥ずかった」
莉子は恋する乙女の顔になって話を続ける。
その漫画は、ひとりの少女がトラウマを乗り越える物語。かつて出版社でボロクソに言われた経験を元にして、莉子の全部を詰め込んだ話だった。
伝わったことが嬉しかった。
熱く語ってくれたことが嬉しかった。
もっと話したい。
ラインを交換して、毎晩やりとりをかわした。
この気持ちが恋なのか。
まだ分からない。でも、そうなのかもしれない。
と、ここまで聞いて俺は思った。
……ラインか〜! 気が付かなかったわけだ。
さて、どうしようか。
莉子の惚気話はしばらく終わりそうにない。
これはもう脈があるなんてレベルじゃない。
確定だよ。さっさと告白しろよめんどくせぇ。
と、無関係な立場なら思っていたはずだ。
でも違う。俺は、莉子を寝取ると決めたのだ。
彼女の心は、完全にオタクくんに向いている。
これを覆すために、俺がやるべきことは……。
「……そいつ、すごいな。作者の想いを読み取ることなんて、なかなかできることじゃない」
あえて、その男子を褒めた。
「名前は?」
「……大田くん」
「クラスは?」
「……A組」
A組……へぇ、同じクラスじゃん。
昨日はショックが大きくて。いや、べつにショックなんて受けてないが、とにかくチラッとしか顔を見てなかった。今度、しっかり確認してみよう。
待て。
今、何か……。
ひらめいた。
「莉子、提案がある」
俺は彼女の頬に手を当てた。
パチッと弾かれた。つらいです。
しかし表情には出さない。
何事も無かったかのように続ける。
「調べてやるよ。好きな人がいるか、とか」
「……協力してくれるってこと?」
その通りだ。
でも、ただの親切なわけないよな?
「条件がある」
「……どんなこと?」
ははっ、すっかりメスの顔で欲しがりやがって。
こいつシレッとオタクくんのこと好きだと認めてる気がするけど……まあいい。
正直、脳が破壊されそうな気分だが、上等だよ。
むしろ、そっちの方が燃える。寝取った後の快感が増すというものだ。スパイスみたいなもんだよ。
さて。
「今は、言わない。後払いだ」
「……なんか怖いんだけどそれ」
「怖くない。俺が役に立ったと思った時にだけ、莉子の気分で支払ってくれ」
「……お金ってこと?」
「莉子、寂しいこと言わないでくれよ」
俺は憂いを帯びたイケメンスマイルを見せる。
「友達の恋を応援したい。でも、ちょっぴり見返りが欲しい。……俺、なんか変なこと言ってる?」
「……顔が変」
馬鹿な……憂いを帯びたイケメンスマイルが通用しない……だと?
「……でも、そっか」
莉子は言う。
「風間くんは、詳しいよね」
何が、とは言わなかった。
しかし、それを察することができない俺ではない。
「俺ほどの恋愛強者、滅多に居ないぜ?」
俺は息を吸うようにして嘘を吐いた。
過去に数え切れないほど告白されたが、初恋はお前なんだよ。莉子。
「……そっか」
莉子は悩む素振りを見せた。
ふふっ、いいぞ。このまま堕ちろ。
俺の小さな要求を呑め。
それが、後の大きな要求に繋がる。
「風間くんのこと誤解してたかも」
「……誤解?」
「人の気持ちを蔑ろにする顔だけのクソ野郎だと思ってた」
俺は膝から崩れ落ちた。
マジかよ。そんな風に思われてたのかよ。
「大丈夫? お腹痛い?」
「……いや、気にするな。続けてくれ」
莉子は少し困った様子で言う。
「あ、そっか。えっと、全然悪口とかじゃなくて……みんなが風間くんのこと好きな理由、少しだけ分かったかもって思ったから。顔だけじゃないんだね」
「…………それは良かった」
これは……プラスに捉えるべきか?
でも……そうか。そういう風評被害も、あるよな。
俺は精神的なダメージから立ち直り、立ち上がる。流石に二度目の壁ドンは厳しいから、今度は少し距離が近い程度の位置で莉子を見つめた。
「正直に言うと、困ってたんだよね」
莉子は照れくさそうな笑みを浮かべて言う。
「恋愛とか経験なくて、この気持ちが恋なのか、分からなくて……でも風間くんのおかげで分かったかも」
……ちょっと待て。
「あたし、がんばってみる」
この流れ、なんか、おかしくね?
まるで、俺が背中を押したみたいな……。
「だから、お願い。協力して!」
…………。
「任せろ!」
なんか俺、敵に塩を送ってね?
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