第二話 出立

ノエルを仲間に加えた翌日、私達は再び旧市街へと足を踏み入れた。

「一昨日より瘴気が濃くなってる……?」

「あれは……!」

「ハーミットゴブリン!奴らの親玉だ!」

隠者の名を冠するだけあって、普段は姿を現さないと言われるゴブリンの親玉。この瘴気の正体はそいつだった。気付かれないようやり過ごすという手もあったが、こちらが身を隠す前に見つかってしまった。


「やるしかない!行くよリーダー!」

「ノエル!魔法で援護してくれ!」

「言われなくても……!」

私の剣が到達するより一手早く、ノエルの魔法が敵に当たった。炎が分厚い皮膚を溶かし攻撃が通りやすくなったが、親玉とあって強力なハーミットゴブリンを一撃で斬り伏せられる訳もなく、繰り出されたカウンターを間一髪で回避した。

休む間を与えまいとリーダーの剣やノエルの魔法も飛び込んで来るが、やはり強敵であることは間違いなく、私達は苦戦を強いられた。


苦戦の末、ピュイイイーー、と独特な音を発して消滅したハーミットゴブリン。その瞬間、どこから湧いて来たのかたくさんのゴブリンが集まって来た。

「こんなにどこから……!」

「これがゴブリンの本来の強さか……」

黒い渦、そう表現するに他ならないほど大量のゴブリンに、一瞬で周りが見えなくなった。私は必死で剣を振り、迫り来る牙や爪を振り払った。リーダーやノエルも同じ状況だったようで漸く全てを振り払えた頃、お互いの無事を確認した。

「良かった……ノエル!」

しかしその時、ノエルの背後から生き残っていたゴブリンが飛び掛かるのが見えた。だが私やリーダーからではあまりにも距離がありすぎる。間に合わないーーそう思った時、一本の矢が音もなくゴブリンの眉間に吸い込まれるようにして突き刺さった。

「最後まで油断しては駄目よ。ゴブリンは弱いけれどとても狡猾な魔物なんだから」



私の三倍の高さはある民家の上から軽々と飛び降りてきたのは、赤い瞳に同じ色のピアスを揺らした美しい女性。

「もしかして、一昨日のアメーバもあなたが……?」

「あら、覚えていたのね。無事で良かったわ、小さな剣士さん」

「あの時はありがとうございました……!」

どうやら凄腕の弓士は彼女だったらしい。お礼を言うと彼女は柔らかく微笑み、未だ固まっているノエルに歩み寄った。

「お怪我はないかしら、魔法使いさん?」

「あ、ああ。助かったよ、ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」

声をかけられてハッと我に返ったようなノエルの様子を少し不思議に思いつつ、彼等のやり取りを見守った。

「あ、あの、君、どこかで会った事が……?」

「さぁ、どうかしら?」


それじゃあ、としなやかな動きで身を翻し立ち去ろうとする彼女を引き留めたのはリーダーだった。

「待ってくれ!君、名前を聞いてもいいかな。俺はジョセフ。こっちは幼馴染のカリナだ」

「名乗るつもりはなかったのだけど……仕方ないわね。私はモニカよ」

「モニカ。俺はノエルだ。訳あって彼等と共に行動している。君も一緒に来ないかい?」

食い気味に勧誘をしたのは、意外にもノエルだった。けれど、彼のそんな必死な素振りにも動じず、モニカは首を横に振った。

「残念だけど私は一緒には行けないわ」

「どうして……?」

「元々私は上の人間ではないもの」

「もしかして、君は森人もりびとなのか……!」

「そういうこと。分かったなら貴方達は目的地へ向かいなさい。私が助けられるのもここまでよ」

そういうと、彼女は今度こそ身を翻し軽々と跳躍して民家の瓦礫を飛び越えると、どこかに姿を眩ませた。

「ねぇリーダー。森人って?」

「ああ、森人っていうのはなーー」


森人。正確には守人。長い伝承の中でその名前は形を変えて伝えられてしまった為、ジョセフ達は森人と認識している。彼等は、古来より魔物と戦う役目を担って来た一族であり、結界に守られた内側の人間より遥かに強く人の住める場所ではないと言われる侵略された土地でも生き抜く知識と術を持っている。だが、彼等は王命によって与えられた役目と同時に、全ての魔物を掃討するまで結界の内側にいる人間との交流を禁ずる、という掟を作られていた。

全ての魔物を倒すという一族のみでは実現不可能な約束を、モニカは一人になった今でも果たそうと必死に戦い続けていたのだ。

「父様、母様。私は必ずや王命を果たし、一族の汚名を濯ぎます。どうか見守っていてください……」



モニカと別れた翌日、リーダーやノエルの持つ情報だけでは限界を感じた私達は竜人族の村を正確に目指すべく、情報収集のため旧王城へと来ていた。

「昔のお城ってこんなに大きかったんだ!」

「こら、カリナ。はしゃいでると足を踏み外すぞ」

リーダーの忠告を他所に、初めて見る大きな広間や廊下に舞い上がっていた私は、足元の何かを踏んでしまったことに気付かなかった。


「きゃあああ!」

「カリナ!言った側から……」

はしゃぐカリナの足元から何やら不穏な音がしたと思った次の瞬間、彼女は床にあった仕掛けの底に落ちてしまった。

「カリナー!大丈夫かいー?!」

「大丈夫ー!でも暗くて何も見えないのー!」

ノエルの呼びかけに返ってきた元気な声に安堵したが、下はどうやら暗闇らしく心配が募った。

「ジョセフ。大丈夫だよ。俺なら明かりを灯せる。下に降りてカリナを助けよう。」

「そうだな。優秀な魔法使いがいてくれて助かる」

ノエルが杖に灯した明かりと共に、俺達も穴へ飛び込んだ。


「リーダー!ノエル!来てくれたんだ!」

「全く、あれほど言っただろう……」

「はいはい、次は気を付けるってば」

「カリナ、ジョセフ!これを見てくれないか!」

リーダーのお小言を聞き流していると、ノエルが何かを見つけたというように声をかけてきた。

「これは……!」

「かなり古いから解読は必要だろうけど、竜人族に関する記録で間違いないよ!」

「ちょっと二人共!ここを見つけたのは私なんだからね!」

博識な二人は楽しそうに文献に読み入ってしまい、私は完全に蚊帳の外となってしまった。だが、私達の帰国への旅は一歩前進したと言っていいのだろう。

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