第一話 家路の鐘
「ここが旧市街……?随分崩れてるのね……」
「長く人の手が入っていないからな。日も暮れて来たし足下に気を付けろよ」
日が傾いた頃、私達は漸く旧市街のはずれに足を踏み入れた。今と同じ石造りの民家ではあるが、魔物に侵略された歴史を物語るようにぼろぼろに崩れていた。
日も僅かになり、雨風を凌そうな崩壊の少ない家屋を探して急ぐリーダーを追う私の足取りも早まっていた。
「きゃっ!何!?」
「カリナ!大丈夫か!?」
薄暗くなってきた空と早足で足元が不注意になっており、私は何か柔らかいものを踏んでしまった。ぐにょぐにょとした感触に、全身の毛が逆立つような気がした。慌てるリーダーを他所に、ぎこちなく足元を見てみると緑色の液体のようなものに浮いた目がこちらを見ていた。
アメーバだ。昔の人が残した情報によるとどうやら害はないそうだが、気味の悪い見た目に倒したくなってしまう気持ちは分かる気がした。
「大丈夫、ただのアメーバだったみたい」
「違う!そいつはアメーバヴェノムだ!」
「……え?」
アメーバから足を離した所で、駆け付けて来たリーダーが危険を知らせるように叫んだ。その時、ヒュンと空を切る音が聞こえ、火を纏った矢が一本、アメーバの頭頂部に正確に突き刺さった。火矢は一瞬で燃え上がると、アメーバは溶けるように消えていなくなった。消滅と同時に上がった瘴気の煙に、リーダーの言う通り毒を持っていたことが分かった。
「それにしても、この矢はどこから……この正確さはかなりの腕だぞ」
「近くに気配はないみたい……助かったからお礼が言いたいけど……」
気配も感じられないくらいの距離から放たれた矢に、相当の腕前なのは私も確信した。お礼をいいたかったが、姿が見えないのでは仕方ない。
「ひとまず今日は休もう。この建物の中は安全そうだ」
「そうだね。今日のディナーは?」
「お前の好きな干し肉だ。しっかり食べておけよ」
「やったー!」
一日目が無事に終わり、魔物討伐は上手く進行するように思われた。
「カリナ!カリナ!起きろ!」
「う、うーん……あと五分……」
「あの鐘の音が聞こえないのか!」
「はっ!鐘!何で!?」
リーダーのうるさい声で寝覚めは最悪、と思っていたがそれよりも最悪な事態が起こっていることを知らせる鐘の音に、私の意識は一気に覚醒した。
「とにかく急ごう。結界が閉じられてしまっては帰れなくなる」
「そうだね、急ごう」
私達は急いで荷物をまとめ、来た道を引き返すことにした。このホシは大きな山のようになっているため、帰り道は上り坂となり走るにはとても過酷だったが、大賢人と呼ばれる強力な魔法使いにしか張ることのできない結界を閉じられてしまっては帰ることができなくなってしまう。
やっとの思いで境界までたどり着いたが、無情にも結界は閉じられていた。
「ーー駄目だ」
「ノエル!お前できるんじゃなかったのか!」
「俺の魔法は全部試したよ。けど、この大きさの結界を張れる大賢人には敵わないってことだ」
「クソッ!やってられるかよ!」
「おい!どこに行くつもりだ!」
「俺は一人でやる!」
結界の側に行くと二人組の男性が魔法を試していたようだが、結界を破ることはできなかったらしく、一人は森の奥に姿を消してしまった。
「君達も鐘を聞いて戻って来たのかい?」
「ええ、でもこれ……」
残された容姿端麗で物腰の柔らかそうな男性が私達の姿を見て声をかけてきた。
「ああ、見ての通りさ。王はこれが目的だったらしいな」
「一週間って約束じゃ……」
「それが狙いだろう」
リーダーや彼の推測によれば、一週間と言っておけば一日のうちに私達有志をすぐには引き返せない所まで進ませることができ、その間に結界を閉じる事でこちら側に追い出してしまうつもりだったのだろうとのことだ。
「でもどうしてそんな酷いことを……」
「中央街が食糧難だという話は聞いた事があるかい?」
「そうか、俺達は口減しということか」
「恐らくはね」
狭い土地では多くの人民を養うことができず、少しでも食い扶持を減らすため、私達は魔物狩りという名目の追放をされたということか。事実であれば許しがたいことではあるが、このままここで魔物にやられるのを待つ訳にもいかない。
「リーダー。これからどうするの?」
「そうだな……このホシの最下層、洞窟の最奥の竜人族の村があると聞いたことがある」
半ば伝承に近い話ではあったが、今は他に手立てもない。リーダーがいるなら私は安心して戦える。目指してみる価値はあるだろう。
「私はリーダーに着いていくよ」
「あんたはどうするんだ?」
「そうだな……俺も竜人族には興味がある。お供するよ。それと、俺はノエルだ。よろしくね」
ノエルが加わり、3人になった私達は最下層にあると言われる竜人族の村を目指して出立した。
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