第2話 あちゔぁくんと最初の死《ファースト・デス》

「ふぁぁ…あれ?いつの間に家に帰ってたんだろ」目が覚めるとそこはカラオケではなく、いつもの自宅のアパートのベットの上だった。寝室は白い電気がついている。暗くないと寝れないタイプだが、酔っていたこともあって消さずに寝てしまったのだろう。もしくは奥寺が酔いつぶれて寝ている僕を運んでくれたのかもしれない。奥寺……?え、


「まてっ!僕の尻は…!?」意識を失う前の奥寺の恐ろしい言葉を思い出す。慌ててズボンを下ろして見てみたが、特にアイツに何かされたような形跡はなかった。


「はぁ、よかった……」胸を撫で下ろし、時計を確認しようとスマホを探す。が、ない。「あれ、スマホどこだ?」ベッドの上、布団の中、机、ポケット、尻の穴…どこを探しても見つからなかった。うん、尻の穴になんてあるはずがない、自分でもわかってる。一応だ、いちおう。


 スマホがないので朝なのか夜なのか知るためにカーテンを開けてみると、窓の外が真っ白だった。朝の光などではない。おそらく窓の外を紙か何かが覆っているのだろう。誰かのイタズラだろうか。紙を取り除きたいが、この窓は開閉できないタイプなのだ。


「結局何時なんだよ!」イレギュラーが重なり、つい叫んでしまった…が、焦っていても仕方がない。僕はコーヒーでも飲んで落ち着こうと、キッチンへ向かう。


 しかし、コーヒーの粉が切れていた。再び叫びだしそうになるのを我慢して、深呼吸をした。


「…しょうがない。買いに行くか」身だしなみを整えてドアの鍵を開ける。ドアノブを回し、扉を開け―開かない。

「は?」


 こんな経験は初めてだ。再度鍵を確認するが、ちゃんと鍵は開いている。じゃあなぜ?何か重いものが塞いでいることしか考えられなかった。これもイタズラなのだろうか、だとしたら俺に個人的に怒りを抱いた人物だろうか。この優しくて世渡り上手な僕を恨む人間なんて、せいぜい講義をサボられ続け、しまいには講義中にぬいぐるみまで作られている大学のハゲ講師くらいしかいないだろう。しかし、いくらなんでもあの温厚な大学の講師がそんなことはしないだろう。なら、頭のおかしいいたずら好きが気まぐれに狙ったのが僕の部屋だったのか、僕を含め他の住人達のドアと窓も全部塞いでいるのか…。そんなこと考えてもわからない。ただ、腹の奥で煮えたぎるストレスはもう限界に達していた。


「あークソッ!何から何までうまくいかん。なんなんだ今日はっ!!」と叫びドアを蹴りつける。


 途端に、虚しさが襲いかかってきた。


「はぁ、この運の悪さは"金曜日あの日"なのかなぁ」自分がやろうとしたこと、考えたことが全て裏目に出て運が最悪な日。このまま、あまりの運の悪さで小石にでもつまづいて死んでしまうんじゃないかという程の不運に見舞われる日。なぜだか毎週金曜日はそうなのだ。


 もうなにもできることがないので、テレビをつける。ニュースを流しているテレビの時間表示は朝の9時を指していた。今日は幸い講義はない。思う存分にだらだらできる。


 §


 それから1時間ほどテレビを見て、もう一度ドアの前に立った。ドアノブをひねってみると、先ほどまでの重さが嘘のようにガチャリと開いた。


 瞬間、僕は立ち尽くした。

 なぜなら、外が凄まじい有様だったからだ。ビルは焼け落ち、家から徒歩15分くらいの遠さのショッピングモールの残骸が家から見えるほど、他の建物がなくなっていた。ただ一つ、ショッピングモールの横くらいに無傷な物体が見える。それは真っ白で滑らかな立方体だということが、離れていてもわかった。


 立方体はラジコンカーのように自力で動いてるようで、立方体が通るたびに家やビルが大きな音を立てて崩れていく。そして衝撃波が突風となり僕の方まで届いた。「な…、なんだよこれ…!現実じゃないっ!」僕は倒壊した街と、誰の話し声も聞こえないという異常事態に耐えきれず、そう叫んだ。「誰か!誰かいませんか!あの、だれか、誰か!」倒れたグラスから酒がこぼれ出ていくみたいに、一度張り上げた声は止まらない。自分の声が瓦礫に呑み込まれて、この街には本当にもう誰もいないと認識するのが怖かったから。


 僕の声がどんどん大きくなるにつれ、どんどんどんどん周囲が騒がしくなる。なんで?なんで?


 そして気付いた。家のドアを塞いでいた存在、窓を埋め尽くしていた真っ白なもの。あれの正体は、どういうわけか家を倒壊させなかったが間違いなく立方体だったのだ。


 顔を上げた僕の目の前には、あれほど遠くにいた豆粒大の立方体がビルぐらいの大きさで視界いっぱいに迫ってきていた。



「ぇ ――グシャリ



 ◆あちゔぁくんの からだは おおきな しろい りっぽうたいに ひきつぶされて  まっかな しみに なっちゃった!


 




 ―死ぬ寸前、無邪気な女の子の声が聞こえた気がする。

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