あちゔぁ君と血みどろのゆめにっき!!

猫山鈴助

第1話 阿知波くんと怠惰な大学生活っ!


 高3の1年を全て勉強に使い、青春と引き換えに合格を勝ち取った都内の真っ白で無機質な大学。その講義室内。大学2年生までは耐えていたが、あこがれていた大学生活の平凡さについに我慢ができなくなり勉強をする意味を見失った僕、阿知波あちばは、今日も今日とて日本文学の講師であるメガネハゲの講義をラジオ代わりに、「講師にバレずにどこまで遊べるかの研究」という名のサボりをしていた。


 先日、1年生の頃から仲の良い友人のアニヲタの奥寺に頼まれたため、今日はフェルトで某ケモノキャラのぬいぐるみを作っている。フェルトを始めたのは今年の6月頃、講義を遊びの時間にし始めた頃からだが、思いの外ハマってかなりの頻度でやっているのと元々の手先の器用さですっかり上手くなってしまった。


 裁ちばさみでフェルトを切るときはかなりの注意が必要だ。大学に刃物を持ってきていることがバレたらまずいし、講師の目線とフェルトの切る位置の両方に意識を向けなければいけない。そのため慎重にハサミを入れていく。講師を軽く見ながらフェルトを切っていると僕の前に座っている奥寺がこっちを見て、友達のいたずらを眺める子供のような面でにやけた。


 奥寺は俺をおもちゃとして見てるフシがあるが、こう見えて僕とは違い、いつも真剣に講義を受けている。彼にはちゃんとした将来の目標があるそうだ。僕はなんの目標も目的も無く、ただ大学生活への憧れだけで入り、未だに今後の目標も見据えられていない。このままでいいのだろうか…なんてことをぼーっと考えながら切り終わった生地を縫っていく。


 「えー、それでは講義を終えたいと思います。ありがとうございました。」


 ちょうど全身を縫い終え、ここから顔などの細かい部分を作るというところでチャイムが鳴り、ようやく講義が終了した。「はぁ~終わった、つかれた…。はやく続き作んなきゃなー」とつぶやきながらノートと教科書、裁縫道具達を片付ける。


 「阿知波っち~。俺のモチ猫たん、どんな感じ?」安っぽい黒のハンディファンを僕の方へ向けながら、奥寺が彼の推しである「モチ猫たん」の完成度を尋ねてきた。


 「基礎は完成したよー、もうちょいで完成」ハンディファンの微風に目を細めながら答える。


 「お~、んじゃカラオケでも行こうゼッ。カラオケ代は奢るからそこで作ってもらう感じでオナシャス」


「はーい」


 こうして僕と奥寺はカラオケへ向かった。


「おくでらー、本当にお金もらっちゃっていいの?」

 カラオケの、タバコの匂いがする暗くて狭い個室内で、つい先程完成したぬいぐるみを手渡しながら奥寺に聞く。彼は僕のぬいぐるみが完成したらお金を払って買ってくれると言っていたのだ。


「むしろ払わせてくださいよ、こんなキャワいい推しのグッズを作っていただけるなんて…ハワワ…」僕は奥寺から1万円も貰ってしまった。材料費を差し引いてもかなりの利益だ。こういうビジネスもありかもな…なんて考えていると、奥寺がタッチパネルで注文したカクテルが来た。頼んでいないのになぜか僕の分も。


「奢るよ、あちゔぁくん」奥寺は僕にカクテルグラスを差し出す。グラスには透明感のある真っ青なカクテルが注がれていて、その縁には真っ赤なチェリーが添えられている。


「ありがと、奥寺」数ヶ月前に20歳になったばかりでお酒は慣れていないが、カクテルには憧れがあった。グラスを口元に運ぶと、果実のような甘い香りが漂う。






 グラスと一気に傾けると、爽快感のあるライチの風味と共に、焼けるような熱さが喉を突き抜ける。







「ぁ…アルコール強っ……」奥寺はゲラゲラと僕の様子を見て笑っている。こいつ、なめやがって………。


「ははっ、あちゔぁくんすごいガブガブ飲むじゃんっ、顔真っ赤になってるしっ!」 


「うるせぇっ」僕は酔いを紛らわせるためにいつも聴いてる曲を選曲し、歌い出す。


 …が、舌が回らない。その様子をみてまた奥寺が笑いだし、混沌とした状態で曲が終わってしまった。


「あははっ、おもろすぎだろっ!ブフォw」


「くっ…、お前もなんか歌えっ」煽ってくる奥寺を黙らせようと、僕は人気曲ランキングから適当に流行りの男性シンガーソングライターの曲を選曲してマイクを押し付けた。


 奥寺は顔は中の下だしキモヲタだが、歌はかなり上手い。落ち着いた曲調と包み込むような優しい声を聴いていると、だんだん眠たくなってくる。もう少し激しい曲をチョイスするべきだった。ぼんやりしていると音楽が止み、「眠そうだなっ、もっとテンション上げていこうぜー!イェーイ!」と先の優しい声からは考えられない奇声で叫びながら頬をツンツンしてくる。


「うるせっ…だまれ、ばかっ」頭が痛いし、くらくらする。なにより、お酒で酔っ払って眠たくなっているのを見られているのが恥ずかしく、顔を伏せる。


「はははっ、あー…なんか可愛く見えてきたんだが…襲っていいか?」そんな恐ろしい奥寺の言葉を聞きながら、意識がぼやける。


「やめろぉ…そんな趣味はないぃ………寝るぅ、おやすみ…」なんとか言葉を振り絞り、僕は深い深い眠りへと落ちるのだった。







そしてこれが、今後の世界を大きく揺るがす、あの出来事の始まりなのであった。

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