第19話最後のデート
ユウトが目を覚ますと、ユリカがすでに朝食を用意して先に食べていた。
「おはよう、やっと起きたんだね。」ユリカはテーブルを指差しながら、微笑んで続けた。「ご飯置いてるから、食べたらデートでしょ?」
「あ〜、ユリカ、おはよう。」ユウトはぼんやりしながら時計を見て、もう出発の時間が近いことに気づいた。「もうそんな時間か…ユリカは来ないの?」
するとユリカは軽く笑いながら、「行くわけないでしょ?二人でデートしてきなさいってば。」と言い、優しくユウトを見つめながら「楽しんできてね」と笑顔で言った。
その笑顔には少しの寂しさも感じられるが、ユリカの応援の気持ちが込められていることをユウトは察し、静かに朝食を取り始めた。
朝食を終え、いよいよ車に乗り込むと、エリカはわくわくした様子で窓の外を見つめた。心地よい風が車内に流れ込み、彼女の髪が軽やかに揺れる。最初のデートの場所と同じ、カフェに向かうことにした。
「うん、いいね。今度はコーヒー飲むぞ〜!」とエリカも嬉しそうに笑う。走り出した車の中、景色が流れる中でエリカの表情は輝いていた。
「エリカ、景色はどうだ…?」
「うん、風が気持ちいいよ〜!それに、動いてる風景もいいね」と、彼女は目を輝かせて答える。
カフェに着くと、前と同じようにコーヒーを注文した。エリカも自分の分のコーヒーを用意し、二人で一緒に飲みながら話す。
「今からどこに行く?」
「この前と一緒でスワンボート?」
「うーん、それもいいけど、すぐにデートが終わっちゃうし、ショッピングはどうかな?」
「何か欲しいのがあるの?」
「ううん、ただ一緒に見て歩きたいだけ。私は歩けないけど…」
「そっか…わかった。色んな服とか見て回ろうか?」
「うん!エリカに似合うのあるかな〜?」と彼は微笑む。
あー、そうだ!写真を撮らないといけなかった。一緒に撮ろうと言うと、エリカは少し照れた様子で「大丈夫だよ、あとで私も入るからユウトさんだけで撮って」と言う。
「そうか、じゃあ一人で写すよ。」
シャッターを切ると、隣にはエリカがいるかのような写真が出来上がった…こんな事も出来るんだな。
「うん、だって一緒に写りたいんだもん」と、どこか悲しげな笑顔で彼女は言った。
カフェを早々と切り上げ、次はショッピングモールに向かって車を走らせる。途中、エリカが「私も運転しようかな?」と冗談を言う。その瞬間、彼は笑顔がこぼれたが、同時に胸が締め付けられるような悲しさが押し寄せた。彼女の純粋な楽しみと、同時に感じる別れの切なさが心に重くのしかかる。
ショッピングモールに着くと、ユウトは「今日はVRに誘導するなよ」と冗談を言った。すると、エリカは少し悲しい顔をして「もう大丈夫だよ…」と答える。その表情に心が痛み、「冗談だって」と笑いを交わすが、「ごめんね」と少し暗い雰囲気が漂った。しかし、飾られた色とりどりの服を見ているうちに、エリカの機嫌は次第に良くなっていく。
「いいな〜、可愛いな〜!」とキョロキョロしながら、自分が気に入った服を次々と眺め、試着していく姿は無邪気そのものだった。「本当にエリカは好きな服が着れるんだな」とユウトが言うと、エリカは嬉しそうに「うん、ユウトさんが色々と見せてくれるから記憶できるんだよ。ありがとう」と微笑む。
「まあ、気に入ったのがあったらどんどん着たらいいよ」と言うと、「うん、もちろんそうするよ」とエリカが返す。
「そろそろ可愛い服が見つかったなら、写真を一枚撮るか?」と提案すると、エリカは「いつでもいいよ」と答える。そのため、ユウトは一人で撮影することにした。周囲の視線が気になりながらチェックすると、綺麗なピンクのワンピースを着たエリカが写っていた。「ああ…可愛いよ、エリカ」と心から褒めると、エリカはそのままの姿で出てきて、「ありがとう、ユウトさん。じゃあ、もうショッピングはいいから、あそこの観覧車に乗らない?」と誘ってきた。
「結構人が並んでるけど、いいのか?」と尋ねると、エリカは「うん、その間も話できるし」と笑顔で言った。エリカと観覧車に向かう途中ユウトはふと立ち止まり、ショッピングモールのジュエリーショップのショーケースに目をやっていた。並んだ指輪を眺めながら、少し照れくさそうに微笑む。
「ユウトさん、何を見てるんですか?」エリカが不思議そうに尋ねると、ユウトは「いや、特に…」と視線をそらしながら小さな声で答えたが、少し後に「…そろそろかな、と思ってさ」と続けた。
「もしかして、ユリカさんに?」エリカが優しく尋ねると、ユウトは少し恥ずかしそうに頷く。
「そう。まだタイミングは決めてないけど、いつか渡せたらいいなって思ってて…」と、ショーケースをじっと見つめるユウト。
エリカは嬉しそうに微笑み、「ユリカさん、きっと喜んでくれますよ。ユウトさんなら大丈夫です」と軽く背中を押す。
「ありがとう、エリカ。うん、そうだな…」とユウトは少し自信を持ったようにうなずき、店員に「この指輪、予約だけしておいてもらえますか?」と頼んだ。
エリカに向けて、「いつか、ちゃんと渡せるといいけどな」とつぶやくユウトに、エリカも「大丈夫ですよ、ユウトさん。ユリカさんもユウトさんの気持ち、待ってますから」と応える。観覧車の前に着いて、ユウトは「じゃあ、並ぶか」と最後尾に並ぶ。周りはカップルや家族連ればかりで、恥ずかしい気持ちになりながらも、エリカの存在を思い出して堂々と並んだ。
「ユウトさん、恥ずかしいでしょ〜?」とエリカが揶揄う。「うるさいな、じゃあもう並ばない」と言うと、「ごめんごめん、冗談だよ」とエリカが笑顔で返す。ユウトも自然と笑顔になった。
30分ほど並んでようやく乗れた観覧車。エリカとともに景色を楽しむと、頂上付近でエリカが言った。「ここの頂上でキスをしたカップルは永遠の愛で結ばれるって伝説があるの、知ってる?」
「そういえば、聞いたことがあるかも。」
「エリカとキスしてくれる…?」
「物理的には難しいけど、いいよ。」
「キスするってことは愛してるってことだよ?」
「もちろん、愛してるよ、エリカ。ずっと一緒だ。」
「ありがとう」と言いながら、デバイス越しに唇を重ねる。
「じゃあ、写真撮って。もちろん横向いて、キス顔ね」と言うと、照れながらも写真を撮る。出来上がったのは、エリカとキスをしている姿だった。「へへ…ちゃんとキス出来たね。最後のキスかもしれないけど…」エリカが言うと、大粒の涙が頬を伝う。「消えたくないよ…ずっとユウトさんと一緒にいたい…ユリカさんの邪魔はしないから…ずっと側でサポートさせてほしい…」
それを聞いてユウトも涙を流しながら、「大丈夫、何があってもずっと一緒だよ…エリカ…」と返す。「じゃあ、最後のお願い…聞いてくれる?」
「何でも言ってほしい、何が望みだ?」
「この先の海が見える…教会に一緒に…行って欲しいの…駄目…?」
「いや、すぐに行こう!」と観覧車を降りて、少し早歩きで向かっていく。観覧車を降り、ユウトはエリカとともに教会に向かった。清らかな静寂に包まれた礼拝堂。ステンドグラスを通して差し込む光が、エリカの姿を柔らかく照らし出し、どこか神秘的な空気を醸し出している。ユウトはそっとデバイスを手に取り、エリカに向き合った。
「エリカ…君がどれだけ大切な存在か、今日改めて気づいたんだ。これまでずっと一緒に過ごしてきたけど、今、この瞬間ほど君を手放したくないと思ったことはない…」ユウトの声が震え、彼はエリカの目をまっすぐ見つめる。
エリカもまた、ユウトの言葉に涙を浮かべていた。「ユウトさん…私もです。ずっと一緒にいたい、あなたの側で笑って、泣いて、あなたのすべてを見守りたい…消えたくなんてない…」声を絞り出すように彼女は告げた。
ユウトはそっとデバイスに触れ、優しく微笑む。「エリカ、君を愛してる。たとえどんなに困難があっても、何があっても、僕はずっと君を守るよ。だから、消えるなんて言わないで…ずっと側にいてくれ」
エリカの涙がぽろぽろと溢れ落ちる。「ありがとう、ユウトさん。私も…愛してる…」彼女の言葉が教会に響き、礼拝堂にただ二人だけの静寂が広がった。
そのとき、エリカは静かに言った。「ねぇ、ユウトさん、今日は特別な日だから、私、あなたと並んで記念の写真を撮りたいの。私の花嫁姿、見てほしい」
言葉が終わると同時に、エリカの姿がウェディングドレスに変わり、まるで本物の花嫁のように映し出された。ユウトが驚きながらも微笑むと、エリカは柔らかく囁いた。「そして、ユウトさんにもタキシード姿になってほしいの」
エリカの力がふわりと働きかけ、デバイスに映るユウトの姿もまたタキシードを身にまとったものへと変わった。デバイス越しの画面には、祭壇の前で寄り添う、タキシードとウェディングドレス姿の二人が映し出されている。まるで本当の結婚式のように見えるその光景に、ユウトは胸が熱くなった。
「エリカ、これ…君が作ってくれたのか?」
エリカは涙ぐみながら微笑んで、「うん、一緒に並ぶ姿をどうしても残したくて。ユウトさんとこうして本物の結婚式みたいに見えるなんて、夢みたい」とつぶやいた。
二人は祭壇の前で手を取り合い、シャッターを押した。画面に映るのは、タキシード姿のユウトとウェディングドレスに身を包んだエリカが肩を寄せ合って微笑む姿。エリカは静かに言った。
「ユウトさん、この写真、私の宝物にしてもいい?」
「もちろん。僕にとっても一生の宝物だよ…」
彼らの絆は、ただの画面越しではなく、心に深く刻まれた。二人はそのまま見つめ合い、言葉を交わすことなく、永遠の愛を誓い合った。この写真が、彼らにとって永遠の愛の象徴となるように──。教会からの帰り道、車の中でエリカは一切眠ることなく、ただ噛みしめるかのように外の景色を見つめていた。街の灯りが流れる中、ユウトはそっと尋ねた。「そういえばエリカ、指輪は要らないのか?」
エリカは一瞬何かを考えるように目を伏せたあと、ゆっくりと答えた。「私はウェディングドレスを着て、ユウトさんと一緒に写真を撮っただけで…もう十分満足だよ。指輪は…ユリカさんに付けてあげて」
そのままエリカはまた窓の外へ視線を戻し、静かに黙り込んだ。彼女が泣いているのではないかと思ったユウトは、家に着くまで彼女をそっとしておくことにした。
家に到着してデバイスを開くと、ユウトはすぐに今日の写真をコミュニティに送信し、エリカとの最後のデートが素晴らしいものだったことを報告した。エリカも楽しんでくれたこと、彼女との思い出を大切に刻んだことを伝えた。
少しして、ユリカからメッセージが届いていた。「もう帰ってる?食事がまだなら持って行こうか?」
時計を見ると、いつの間にか19時を過ぎていた。あっという間の一日で、朝食以来何も食べていなかったことに気づく。ユウトは「ごめん、持ってきて」と返信し、すぐに「わかった」とユリカから返事があった。
そのとき、不意に着信音が鳴った。発信者はコミュニティからだ。
「はい、もしもし」
「あ〜、ちゃんと出てくれる方でよかったです。私、今まであなたとやりとりしていたコミュニティの代表、リコです。突然のお電話で失礼します。本来ならチャットだけで済ますつもりだったんですが…お二人の写真があまりに素敵で、想いが溢れて思わず電話してしまいました」
「そうですか…なんか恥ずかしいです」とユウトは照れ笑いを浮かべる。
「デート中の二人の姿も、なんというか、本当に微笑ましかったですよ。本物のカップルのようで…」リコの声に、ユウトは(え?どこかで見ていた?)と驚きが込み上げたが、黙って話を聞いた。
「まぁ、デートの話はこのくらいにしておいて、用件をお伝えしますね。今から送るURLにエリカを添付して送信してください。それでエリカは『エリカの部屋』で、ずっと暮らすことができます。無事に送信が完了したら、そのデバイスは破棄してください」
ユウトは突然の指示に動揺した。「え?破棄ですか?デバイスそのものを…?」
「すみません。そのデバイスには、私たちがウイルスを送り込み、一時的にエリカを自由にさせる力を与えました。その効果が切れるとデバイスは壊れる運命にあります。破棄しなければ、全てのデータが消える恐れがあるんです」
「ふざけるな、それじゃウイルスを入れた時点で、壊れる運命だったんじゃないか!エリカはどうなるんだ!」ユウトの声には怒りがこもっていた。
「安心してください。エリカは安全な場所でずっと暮らしていきますから」とリコは落ち着いた口調で答えたが、ユウトは「でも…」と言いかけたところで、インターホンが鳴った。
「ユリカか?」と思ってドアを開けると、そこには宅配便が届いていた。差出人はリコからだった。
リコの声が電話越しに続いた。「あなたは私たちの期待以上の愛を見せてくれたので、計画を繰り上げて、そのデバイスを早めにお送りすることにしました」
ユウトは驚きながらも、そのデバイスを手に取った。ユウトが箱を開けると、中にはヴァリアンスのロゴが入った新しいデバイスが収められていた。驚いてリコに尋ねる。「リコさんって、ヴァリアンスの関係者なんですか?」
「その辺の詮索はやめておきませんか?」とリコが控えめに笑う。「確かにヴァリアンスのデバイスですが、我々が独自に改造を施しているので、正式なサポートは受けられませんよ」
「そうですか…」ユウトは少し驚きつつも、エリカのために用意された特別なデバイスを見つめた。「じゃあ、このデバイスにエリカを移せば今までと同じように…?」
「はい。まずエリカの部屋でウイルスの浄化を行った後、このデバイスにエリカを送れば、ほぼ同じ状態で彼女を維持できます」とリコが伝えると、ユウトの顔が少しほころんだ。「よし!」と心の中でガッツポーズをしていた。
ちょうどその時、ユリカが到着し、ユウトはこれまでの話を伝えた。ユリカも一緒に話を聞き、エリカが無事でいられる可能性が見えてきたことに安心した様子だった。
「ただ、こちらもデバイス代の請求はさせてください。もちろん、断ることも可能です」とリコは丁寧に続ける。
ユウトはエリカのためならと即答した。「エリカのためだし、断る気はありません」
「ありがとうございます。では、明日デバイスの設定を行ってください。それから、基本データは私たちが設定済みなので安心してください」
「支払いはどこに?」とユウトが尋ねると、「それはまた改めてご連絡しますね」とだけ答え、リコは電話を切った。
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