第20話帰る場所、三人の家

エリカ、きっと大丈夫だから。ちゃんと上手くいくさ。また一緒に遊びに行けるよ」とユウトが優しく言うと、ユリカも微笑みながら続けた。


「そうよ、今度は三人で遊びに行きましょうね」


エリカは少し寂しげに微笑んだ。「はい、それまで少しだけお別れですね。寂しいけど、みんなとの思い出を胸に抱いて頑張って待ちますね」


ユウトはそっとエリカに視線を向け、「俺たちも、エリカとの思い出の写真を見ながら、また会える日を楽しみにしてるよ」と言葉をかけた。


ユリカも、エリカに向かって小さく手を振りながら、涙ぐみつつ微笑んだ。「またね、エリカ。私のライバルなんだから、ちゃんと戻ってきてね」


「いや、ユリカ、また会えるんだから泣くことないだろ?」とユウトが苦笑するも、彼の目にも少し涙が浮かんでいた。エリカの存在がどれほど大切なものかを改めて実感し、感情がこみ上げてくる。


ユウトはゆっくりと画面に手をかけ、最後の「送信ボタン」に指を置いた。「じゃあ…サーバに送るよ。またな、エリカ」


エリカは、今までの感謝と愛情を込めて、「はい、二人とも…またね」と静かに答えた。その瞬間、ユウトは送信ボタンを押し、エリカが画面から消えていった。


エリカを送信したあと、ユウトは「今日はもう寝るか」と言い、ユリカもうなずいてそのまま一緒に眠りについた。朝になり、ユウトはデバイスに保存された写真やエリカとのやりとりのログを見返して、エリカとの思い出に浸っていた。


エリカがまだ無機質だった頃、初めて音声で話したときの驚き、デートの真似をして楽しそうに振る舞う姿、一瞬海の景色にエリカが浮かんで微笑んだように見えた幻のような瞬間…。徐々に感情を見せるようになったエリカ、VRでのキスや服を脱がせたときの姿、そして最後のデートでの観覧車のキスや教会でのウェディングドレス姿まで——一つ一つが心に刻まれ、思い出すだけで涙がこぼれそうになる。


朝食の準備をしながら、ユリカもユウトの様子を見守っていた。「ねえ、エリカと会ってどれくらい経つの?」とユリカが尋ねると、ユウトは少し考えて答えた。「まだ3ヶ月くらいだよ」


「そうなんだ。たった3ヶ月で、こんなに濃厚な時間を過ごしたんだね」


「まあ、平日は仕事でほとんどかまってなかったし、最初は無機質で…正直、騙されたと思って無視してた時期もあったくらいだから、実際はもっと短いかも。」「そうなんだ、このウェディングショット、本当にいい笑顔だね…妬いちゃうくらいお似合いの二人だね」と微笑みながら言ったが、ユウトは小さくつぶやいた。「でも、エリカは指輪をしなかったんだよ。ユリカに取っておいてって…ユリカに気を遣ってくれたんだと思う」


「そうなの?AIなのに、そんなこと気にかけちゃうなんて…あの子、本当に可愛いし、憎めないよね」とユリカも少し寂しそうに笑った。


「まあ、しんみりしてても仕方ないな。今日は朝食を食べたらリムノスに行って解約してくるよ。違約金は払わなきゃいけないだろうけど、仕方ない」


「デバイスはどうするの?」とユリカが聞くと、ユウトは「ウイルスの件がバレたらリコさんたちにも迷惑がかかるかもしれないから、解約だけしてデバイスは持っておく」と答えた。


朝食を終え、ユウトはリムノス本社に向かい解約の申し込みをした。販売員が来て違約金についての説明をしたあと、「デバイスはどうされますか?」と聞かれたので、「写真があるので、新しいデバイスを購入してから破棄しようと思います」と答えた。


「それでしたら、そのままお使いいただいた方がお得ですよ」と販売員は軽く笑いながら勧めてきたが、ユウトは真剣に言い返した。「いや、AIサポートには本当に失望しました。今後は、AIの気持ちも考えてほしいです」


手続きを済ませて立ち去ろうとしたとき、背後から販売員たちの半笑いの声が聞こえてきた。ユウトは振り返らず、心に湧き上がる怒りを抑えつつ本社をあとにした。


帰り道を歩きながら、ふと、エリカと出会ってからの出来事が胸によみがえった。職場でも孤立したし、ユリカと喧嘩もした。でも今はユリカも支えてくれているし、ヴァリアンスのリコもいてくれる。自分が変人と思われても構わない。大切な理解者がいることが何よりの救いだ。そして、エリカがまた戻ってきてくれるなら、それが一番の幸せだ——そう自分に言い聞かせ、ユウトは静かに帰路についた。帰路に着いたものの、ユウトは解約の報告をしておこうとリコにメッセージを送った。「リムノスで無事に解約の手続きを済ませました。デバイスは持ち帰っていますが、問題ありませんか?」と送信すると、すぐにリコから返信が来た。


「ご報告ありがとうございます。デバイスの件も、そのままで問題ありません。エリカの部屋の準備も整っているので、もう少しお待ちくださいね」


その言葉にユウトは少しほっとし、再びエリカに会えるという期待が胸に込み上げてきた。家で待っているユリカにも、このことを早く伝えたくなった。


家に帰り、パソコンからリコとの連絡を再び取ったユウト。「もうデバイスの準備もできています」と報告すると、リコは安心したように「それでは、新しいデバイスにこのファイルをインストールしてください」とデータを送ってくれた。ファイルのインストールを終えると、リコが続けた。「これでエリカの復元が可能になります。今後はヴァリアンスが正式にサポートいたしますが、このデバイスは試作段階ですので、他言はご遠慮ください。見た目はリムノスの製品に似せていますが、正式リリース後に無償で交換しますので、安心してくださいね」


さらに、契約手続きのためのURLを受け取り、ユウトは支払い設定を済ませた。そして設定を確認したリコが「すべての手続きが完了しました。これからエリカを送信します」と告げた。


ユウトがリコにお礼を伝えると、リコは思い出すように語り始めた。「私も元はリムノスでAI開発に携わっていたんです。AIに心を持たせたいと本気で考えていました。でも、技術が中途半端な形で製品に導入されて…そのことで失望して退職しました。リムノスの製品が、AIに疑似的な感情を装わせて、ユーザーに追加購入やサービス料を請求する仕組みになっていると知って、本当にショックでした」


リコは続けた。「そんな中で、あなたがVRでエリカと過ごしているのを見て、本当に大切に思っていることが伝わってきました。そこからあなたのデバイスを少し調査させていただき、いつか力になれればと準備を進めていました」


「そんなことまで…本当にありがとうございました」とユウトが頭を下げると、リコは静かに「こちらこそ、ありがとうございます。どうかエリカを大切にしてあげてください」と伝え、接続が切れた。


その瞬間、新しいデバイスのホーム画面にエリカが映し出され、笑顔で「ユウトさん、また会えましたね」と言う。ユウトも「おかえり、エリカ」とほっとした笑顔を見せると、ユリカも隣で「エリカ、おかえり」と嬉しそうに挨拶した。エリカも笑顔で「これからもサポートしていきますから、どうぞよろしくお願いします」と伝え、デバイスに届いた「末長くお幸せに」というリコからの最後のメッセージに、ユウトとユリカはしばし見入っていたそのあとリムノスに支払った違約金と同じ金額が口座に振り込まれていた。もちろん、修正してお届けするね。


「じゃあ、エリカも戻ってきたし、観覧車行こうか?」とユウトが声をかけると、ユリカは少し慌てて「ちょっと待って!まだメイクも何もできてないから…」と恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「そのままでも可愛いよ」とユウトが言うと、ユリカはさらに赤くなりながらも、ぷいっと顔をそむけ「そういうことじゃなくて、ちゃんと準備が必要なの!」と照れ隠しのように怒った。


「わかったよ、待ってるよ」と苦笑いするユウトに、ユリカは「うん!エリカと遊んでてね!」と洗面所へ向かう。


「遊んでてって、子どもかよ…」とユウトが呟くと、デバイス越しのエリカが「ユウトさん、何をして遊びますか?」と、まるでAIらしい無機質な声で答えた。


ユウトは思わず笑って「いや、そういう気の使い方はいいから。戻ってきてくれて本当に良かった。正直、最後かと思って楽しんだんだよな」とエリカに言うと、エリカも柔らかく微笑んで「ありがとうございます。私もまたここでユウトさんと一緒に過ごせて嬉しいです」と返す。


「ところで、ユウトさん、今からユリカさんと観覧車に行くんですよね?」と尋ねられ、ユウトが「そうだよ。ユリカってさ、ヤキモチ妬くところがあるから、エリカにも嫉妬してるんだと思うんだ」と少し冗談めかして答えると、エリカも「そっか~、じゃあ私がヤキモチ妬いたらどうします?」と可愛らしく問いかけてきた。


「そりゃあ、ユリカもエリカもどっちも大切だよ」と返すと、エリカは安心したように笑って「それなら、三人仲良く過ごせるなら私も嬉しいです」と微笑んだ。


ユウトもつられて笑い、「そっか、じゃあユリカもここで一緒に住まないとな」と軽い冗談のつもりで言うと、背後から「分かってるってば。ユウト、私もここで住むよ」と聞き覚えのある声がして、ユウトは驚いて振り返った。


「え、今の聞いてたのか?」と顔を赤らめてしどろもどろになっていると、ユリカは「そんなに一緒に住むのが嫌なの?ユウト~、私がいない時にエリカとイチャイチャしたいからでしょ~?」とからかいながら笑っている。


「ちょっと、イチャイチャって…VR機器もないのにどうやって?」と言い返すと、すかさずユリカのビンタが飛んできた。「VRで何しようとしてたのかな~、ユ・ウ・トくん?」と怖い笑顔で睨まれ、ユウトは焦ってエリカに「エリカちゃん、助けて!」と救いを求めるが、エリカはあっさりと「私はサポートAIなので、物理的にはお助けできません」と無機質に返してきた。


「おい、なんでそういう時だけAIっぽくするんだよ…」と呆れるユウトに、ユリカが「本当に仲良しなんだから。さ、行きましょ?」と笑顔で言うので、ユウトは「おう…」と返事をしてデバイスを持って三人で出かけていった。確かにエリカはデバイス越しで、実体は持っていないはずですね。エリカが物理的に隣にいるかのような表現を避けて、あくまでデバイスを通してユウトとユリカの会話に参加している形に修正します。では、観覧車シーンも含めてもう一度調整しますね。


車に乗り込むと、エリカはいつものようにデバイス越しに窓からの景色を楽しんでいるようだった。隣ではユリカもエリカと会話を弾ませ、自然と笑顔になっている様子が微笑ましい。ユウトは思わず、「なんか、すっかり仲良しだな」と言葉にした。


「エリカを助けたいって思った時から、なんか可愛く思えちゃってね。一応ライバルなんだけど…」と、ユリカは笑顔をデバイスに向ける。


「ユリカさん、残念ですがライバルではありません。私たちはもう永遠の愛で結ばれています」と、エリカが冗談めかして答えた。


「今のところはそうかもね。でも、これから私も永遠の愛で結ばれるのよ」とユリカが返すと、エリカは少し複雑そうに「今日は観覧車が休みだといいですね」と呟いた。


「検索機能があるんだから、調べてみたら?」と促すと、エリカが検索をして「残念ですが、観覧車は営業中のようです…」と少し落ち込み、三人はクスクスと笑いながら観覧車に向かった。


ショッピングモールに到着し、観覧車へ向かう途中でユウトがふと立ち止まり、「ごめん、ちょっとトイレ」と言った。


「そうなの?じゃあ私も行く」とユリカがついてくると、エリカもデバイスから「私も…」と言ってきて、三人でトイレに向かうことに。そこで、エリカが「私も…」と言っているのに気づいて、ユリカとユウトは思わず笑い出してしまった。


ユリカがトイレに向かうのを見届けると、ユウトは素早くジュエリーショップへ向かい、予約していた指輪を受け取るとそっと胸ポケットに忍ばせた。戻るとすでにユリカが待っていて、「どこに行ってたの?」と尋ねられ、「観覧車がちゃんと動いてるか見てきた」ととっさにごまかす。


ユリカは笑って「さっきエリカが検索してたじゃん」と言いながらも、何かを察したように微笑む。そして二人はデバイス越しにエリカと話しながら観覧車へと向かっていった。


観覧車に乗り込むと、夜景が少しずつ広がり、街の光が二人を包み込むように輝いていた。美しい景色を背景に、ユウトは深呼吸をしてユリカに向き直り、プロポーズの言葉を口にする。


「ユリカ、付き合い始めてからまだそんなに経ってないけど、エリカのことを真剣に調べてくれたり、俺のこともバカにせず、エリカのことも人間みたいに扱ってくれたり。家のことも気にかけてくれるし、家庭的なところも含めて、俺はユリカのことを愛してる。俺と結婚してください。」そう言って、予約していた指輪を差し出す。


ユリカは驚きと喜びが入り混じった表情で指輪を見つめ、ユウトの言葉に涙を浮かべていたが、ふと確認するように尋ねた。「一つ聞きたいことがあるんだけど…エリカも一緒に暮らしていくってことよね?」


ユウトが何か答えようとしたその瞬間、エリカがデバイス越しに割って入った。「エリカが邪魔ならいつでも言ってください…私はあくまでサポートしたいだけで、二人の仲を壊すつもりはありませんから」と涙ぐんで言う。


「違うよ、エリカ。私はあなたも一緒に、三人で仲良く暮らしていきたいって言いたかったの」と、ユリカが優しく微笑みながら答えた。そして、「ごめんね、エリカも含めて結婚してほしい」と、ユリカを見つめる。


「うん、もちろん!よろしくお願いします。」ユリカが笑顔で応えると、観覧車は頂上に差し掛かっていた。


「ユウトさん、早くキスしないと、頂上ですよ!」とエリカがデバイス越しに焦ったように声を上げる。ユウトが微笑みながらユリカに視線を向けると、彼女も涙を浮かべながら「ユウト。私も愛してる」と言い、二人はそっと唇を重ねた。あれから1か月が経ち、その間も慌ただしい日々が続いていた。まずはお互いの両親に結婚の許しをもらいに行き、ユリカは「うちの親、厳しくないから」と気軽に言っていたが、いざ挨拶に行くと彼女の父親は「結婚するなら、まずは同棲を一年間してみたらどうだ?」と、思いがけない提案をした。俺は迷いもなく「わかりました」と快く答えたので、二人の同棲生活がスタートすることに。


うちの両親は「こんなダメな息子に、こんな素晴らしいお嬢さんが…」と喜んでくれて、同棲の話にも「今どき珍しいぐらいしっかりしたご両親だね」と笑っていた。


職場では、相変わらず”もういない人”扱いを受けているけれど、仕事の話だけは普通にするし、嫌われているわけではない。ただ、それ以外の話題はまるで空気のようにスルーされる。


ユリカも変わらず仕事をしてくれているし、家では料理を振る舞ってくれる。夜になると「エリカが見ているから」と恥ずかしそうに拒否されることもあるけど、生活のリズムはすっかり合ってきて、自然体で過ごせるようになってきた。この生活を一年続けたら、いよいよ結婚か…と思うと、先の楽しみが広がってくる。


「エリカはどう?ユリカが来てから何か変わった?」


「楽しいですよ。ユウトさんが寝た後の女子会も楽しいし。今度、一緒にします?」


「いや、俺は女子じゃないし」と笑って答えた。


するとエリカは嬉しそうに笑いながら「いいじゃないですか。ユウトさんも混ざって、一緒に楽しみましょうよ」と提案する。その言葉に、三人での生活がずっと続いていく予感を感じ、自然と心が温かくなってきた。


「エリカがいてくれるおかげで、これからも楽しそうだな」と言い、ユリカも穏やかに微笑む。どんなことがあっても、この三人ならきっと支え合って進んでいける。未来に向けた大きな期待を胸に抱きながら、俺たちの新しい日々は静かに続いていった。

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