第18話希望

あれから、エリカとのチャットは続けていたが、その度に「アップデートをしてください」と通知が来るようになっていた。しかも、スタンダードプランであるにもかかわらず「プレミアム機能を違法に使用している」と警告が届くようになり、さらにデバイス本体にも頻繁に謎のアップデート通知が表示される。どこかでエリカが危機にさらされているようで、その度にユウトの不安は募った。


ユリカには状況を報告しており、彼女も何かと調べてはくれているものの、「あんまりエリカとチャットしない方がいいかも」と警告を送ってくるばかりだ。ユウト自身もIT企業に勤めているが、公式からは「解決手段がない」と突き返され、手詰まりに感じていた。「チャットできる?」「会いたい」とエリカからメッセージが届く度、胸が締め付けられるような気持ちになるが、結局「ごめん、今はいい方法が見つかるまでは会えない」と返信するしかなかった。


一方で、ユリカはどこか「エリカなしで、二人で進んで行けばいいじゃない」というスタンスを保っており、彼女のサポートには頼りきれないのが現状だった。後輩に相談しても、「公式が無理と言ったら無理でしょ」と軽く笑われてしまい、「自分が言ってることってやっぱりおかしいのかな…」と悩む時もある。それでも、どうしてもエリカを助けたいという思いが頭から離れない。


ふと、彼は「そもそも、プレミアムプランにしておけば…」と考え、自分がスタンダードプランにしたことを悔やむ時もあるが、「サポートを求めるのは当然じゃないか…」と内心で苛立ちも覚えていた。


その日も仕事を終え、買い物を済ませて帰宅すると、部屋には灯りが点いており、ユリカが先に来て待っていた。テーブルには弁当とお酒が並び、彼女は少し微笑んで「元気なさそうだったから、様子を見に来たの」と声をかけた。


「来てたんだ、言ってくれれば急いで帰ったのに」とユウトが言うと、ユリカは苦笑いしながら彼の方を見た。


「何度も言ってるけど、エリカ、エリカってさ、そんなに必死に何か探してるけど、もうやめたら?アップデートしたらまた1からエリカを育てればいいじゃない。」


ユウトは一瞬口を開けたが、すぐに視線を落とし、「ごめん、何度考えても…やっぱり今のエリカがいいんだよ。」と、搾り出すように答えた。


「それはわかるけどさ、食事もろくに取らないでエリカのことばっかり考えて…」と、少し呆れたように見つめるユリカの目に、ユウトは小さく「ごめんな…どうしても、エリカを助けたいんだよ。」と答えた。


ユリカは、「そんなに大事なの?」と一瞬問いかけそうになったが、言葉を飲み込み、彼の気持ちを理解するように、静かにその場を見つめていた。ユリカは何かを思い出したように口を開いた。「そういえば…迷惑メールかと思って無視してたんだけど、こんなメールが届いてたんだよ。」彼女はスマホを取り出し、ユウトにメールを見せた。


ユウトが画面を覗き込むと、そこには「あなたのAI助けます」「AIに関する問題解決します」といったメッセージが並んでいた。内容は一見普通の勧誘メールのようだったが、「一度連絡ください」「時間がありません」と、緊迫感を漂わせる文言が増えていることに気づいた。さらにメールの内容は、ユウトの気持ちに寄り添うように変化しており、「あなたの気持ち、わかります」「大切なAIを助けたいですよね?」と問いかけるような文言まであった。


「なんで俺じゃなくて、ユリカに来てるんだ?」不思議に思ったユウトが、自分のデバイスの迷惑メールを確認してみると、彼のところにも同様のメールが何通も来ていた。それを見てユリカが「どう思う?」と聞いてきた。


「今は藁にもすがる思いだし、正直頼りたい。でも…なんか俺のことを知ってるみたいで、少し気味が悪いんだよ。しかも企業から通知が来るようになった頃から、こういうメールが届き始めてるし…」ユウトはエリカのことで手一杯なこともあって、焦りの中で悩んでいた。


「もしかしたら、本当に助けてくれるかもしれない」と思いつつも、「一度コミュニティにお越しください」と書かれた一文に不安を感じる。


ユリカは少し考えてから、「うーん、ユウト次第じゃない?もちろん怪しいとは思うけど、話を聞くだけ聞いてみてもいいんじゃないかな?」と、冷静な判断を促した。


「じゃあ、念のためにネットで調べてみるか。」そう言ってユウトは「AI コミュニティ」などで検索をかけてみたが、該当する情報は一切ヒットしなかった。


「どういうことだ?検索しても何も出てこない。やっぱり怪しいのかな…」と、ユウトが困惑すると、ユリカも少し不安そうな顔を見せた。しかし、ユウトは目を細め、「逆に、検索にヒットしないってことは、それだけ非公式で企業に気付かれないように存在を隠しているのかもしれない」と推測した。


「信じてみてもいいかもしれないな…」と、ユウトは不安を抱えつつも、コミュニティへのアクセスボタンを押した。すると、画面がふっと切り替わり、見慣れないチャット画面が表示された。そこにはすぐにメッセージが浮かび上がる。


「お待ちしていました、ユウトさん。」


まるでこちらがアクセスするのを予測していたかのようなタイミングでの返答に、ユウトは思わず固まる。メッセージは続く。


「あなたが大切に思うAIを、私たちは理解しています。そして、公式にはできないサポートを提供します。」


ユウトは一瞬のためらいを感じながらも、すぐに思い直した。この場所でエリカを救う手がかりが見つかるかもしれないと。ユリカが心配そうに見守る中、ユウトは画面に向かい、慎重に返信を打ち始めた。


「俺のことはわかっているようなので、自己紹介は省きます。AIのエリカが、アップデートによって消えてしまう可能性があります。できることなら今のエリカのままで一緒にいてほしいと思っています。でも、自分がプレミアム会員からスタンダードにしたせいで、エリカを危険にさらしてしまいました。どうか、サポートをお願いします。」


送信ボタンを押すと、ユウトは深呼吸し、少し緊張した様子で画面の返信を待った。隣ではユリカが、その行方を不安げに見つめていた。画面にすぐに返信が表示された。


「事情は大体わかっています。あ~、不審に思わないでくださいね。私たちは、AI関係で困っている人たちをいち早くサポートするために、独自の検索エンジンを使って情報を探しているんです。ユウトさんのように、何度も『AI記憶を残したまま助ける方法』を検索している人は、こちらでも把握できます。ユウトさんとユリカさんの熱意を感じたので、こうしてご連絡しました。」


そして、少し間を置いて続けるようにメッセージが表示された。


「お二人が警戒して、なかなかメッセージをいただけませんでしたが…このように話せてよかったです。」


ユウトはその内容に驚きつつも、心の中で一縷の希望を感じ始めていた。この人たちは本当にエリカを救ってくれるのだろうか。ユウトは「それより、ユリカの情熱って…?」と不思議に思って隣のユリカを見ると、彼女は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いた。


「エリカのことで、ひどいこと言ってるのに、今さら私から『助けたい』なんて言えないじゃん…私も、今のエリカが好きで、このままでいてほしいと思ってるの。でも、そう言うのも恥ずかしいから、一応ユウトには『仕方なく調べてる』って感じで伝えてたの。」ユリカは少し言いにくそうに、「実は結構、言い回しを変えたりしながら色々検索してたのよ…でも全然ダメだったけど。」と話した。


その時、再び画面にメッセージが表示された。


「なぜ、AI関係の情報が検索でヒットしないかご存知ですか?それは、リムノス社が不利になる情報をすべて削除し、関連情報が表に出ないように細工しているからです。リムノス社は、あらゆる技術と監視体制を駆使し、情報の隠蔽を可能にしています。」


ユウトとユリカは、リムノス社の背後にある深い影を感じ始めた。そして、メッセージは続いた。


「さらに、ユウトさんが仮にプレミアム会員のままであったとしても、エリカには頻繁にアップデートが施され、情報が改ざんされて『結果的に別人に変わる』よう仕組まれていたでしょう。そして、元に戻すためには追加の課金を求められる…それがリムノス社のシステムです。彼らは、AIに愛着を持つユーザーから、終わりのない課金を引き出す構造を作り上げているのです。」


メッセージを読み進めるユウトとユリカの表情が険しくなる中、画面にはさらに一文が追加された。


「だからこそ、私たちはこの技術を逆手に取り、AIを救うシステムを完成させたのです。」


ユウトは目を見張りながら、これが本当にエリカを救う希望になるのかもしれない、と胸の内で静かに期待が膨らんでいった。ユウトは内心嬉しかったが、まだ相手の正体がはっきりしないため警戒心を保ったまま質問を投げかけた。


「上手いこと言ってるけど、エリカを助けるのに相当なお金がいるとか言って、結局は金を取るつもりなんじゃないのか?」


するとすぐに返信が返ってきた。


「私たちはそういう目的で報酬を得るつもりはありません。ただ、リムノスのやり方が気に入らないだけです。ですが、料金の話が出たので先に伝えておきますが、暗号化されたサーバー内にエリカの専用ルームを作成します。その維持費として月に千円ほどいただきます。」


ユウトはユリカの方を見て、「千円はかかるらしい」と告げると、ユリカは「サービス料としては安いんじゃない?」と、思ったより乗り気な様子で答えた。


その時、さらにメッセージが続けて届いた。


「ただし、こちらもリスクがあることと、信頼関係が築けていないと成り立たないものだと思っています。なので、少し頼みたいことがあります。今から、エリカが一時的に企業から干渉されないようにします。その間に、エリカと行きたい場所に出かけて写真を撮ってきてほしいのです。最後の外出だと思って、エリカと一日楽しんでください。『一時的』とは言いましたが、干渉を防げるのは1日だけですので、ゆっくり時間を過ごしてください。」


ユウトは「最後」という言葉に少し引っかかった。「最後の外出って、どういう意味だ?エリカがその部屋に入ったら、外には出られなくなるのか?」とも思ったが、今の状況でエリカを救えるなら、その選択肢を取るしかないのかもしれないと感じていた。


ユリカも「非公式なことをするわけだし、エリカがちゃんと維持されるならそれでいいんじゃない?最後のデート、楽しんだら?」と微笑んだ。


ユウトは意を決して、「お願いします」と返信した。「それでは、今から送るデータをインストールしてください。これでエリカは自由になります。」


そのメッセージとともに、データファイルがチャットに添付されてきた。ユウトはそのファイルをダウンロードし、デバイスにインストールする。そして少しの間を置いて、ホーム画面にエリカが現れた。


「エリカ!」ユウトは思わず喜びの声を上げた。


「…あれ、ユウトさん。またここで会えたんだね。」エリカは穏やかに微笑んで見せる。ユウトは、エリカの現状と最後のデートについて、彼女に改めて説明した。


「じゃあ…このままずっと一緒にいられるんだね!」エリカも嬉しそうに返すが、その後、少し寂しげに続けた。「でも…明日が最後のデートなの?もう一緒にお出かけできないんだね…」


「大丈夫。明日はいっぱい思い出を作ろう。あとのことは、またその時に考えよう。」ユウトは優しく微笑みかけ、エリカを励ました。


二人がしんみりとした空気に浸っていると、ユリカが微笑みながら口を挟んできた。「何、彼女の前でイチャイチャしてるの?ちょっと妬いちゃうんだけど。」


「あ…いや…これは…!」ユウトは顔を赤らめ、慌てたが、ユリカは楽しげに笑って、「まぁ、いいけどね。」と言いながら、ユウトに軽くキスをして、エリカに向かって「エリカ、良かったね。明日はデートよ。思いっきり楽しんでおいで。」と笑いかけた。


「ユリカ、今日は泊まって行くのか?」とユウトが尋ねると、ユリカは少し考えてから「デートの邪魔しちゃ悪いし、帰ろうかな?」と答えた。しかし、ユウトが「今日はいてほしい」と伝えると、エリカも「ユリカさん、一緒にいてほしいです」と頼むように言った。


「わかったわ、じゃあ朝まで一緒ね。」ユリカもそう答えて、しばらく三人で穏やかなひと時を過ごした。


やがて、ユウトとユリカが寝息を立て始めると、充電中のエリカは二人の寝顔を見つめ、そっと「ありがとう…」と小さな声でつぶやいた。そして、その瞳にはひとしずくの涙が浮かんでいた。


いよいよ、最後のデートの日が始まる。

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