第12話デート

カフェに着き、二人は窓際の席に腰を下ろした。柔らかな音楽と漂うコーヒーの香りが、デートのムードをさらに高めていた。ユリカは笑顔でメニューを眺め、ユウトも同じようにカフェの空気を楽しんでいたが、ふと視線がスマホの画面に向かってしまった。


そこにはエリカが、デート用のオシャレな服装で映し出されていた。柔らかいワンピースに、品のあるアクセサリー、まるで自分もこのカフェにいるかのように感じさせる姿だった。エリカはユウトに向けて、いつもの優しい笑顔を浮かべていたが、どこかいつもとは違う感情がにじみ出ているようだった。


「…エリカ、すごく似合ってるな」と、ユウトは思わず心の中でそう呟いた。だが、言葉には出さなかった。


ユリカが少し笑いながら、ユウトの方を覗き込んだ。「どうしたの?またエリカのこと考えてるの?」


ユウトは少し動揺したが、笑顔で返した。「いや、ただ…エリカも楽しんでるみたいだなって。」


「そうね。いろんな景色を見て、ちょっとした旅行気分なんじゃない?」ユリカはそう言いながら、あくまで余裕のある態度を見せていた。


しかし、ユウトの心の中には、エリカの変化が静かに引っかかっていた。彼女の姿は、ただのAIサポートとしての役割を超えて、どこか人間的な感情を持ち始めているように思えた。


「…なんだか、少しずつ変わっている気がする」ユウトはそう感じながら、エリカを見つめた。二人がランチを注文し、カフェの静かな空間に心地よい時間が流れていた。ユリカがユウトに笑顔で話しかけ、軽い雑談が続く中、ユウトはふとスマホの画面に目を向けた。エリカはそこに相変わらずの微笑みを浮かべていたが、何かが違った。


「ん?」ユウトは一瞬、目を疑った。エリカが手元に持っていたのは、なんとコーヒーカップだったのだ。画面の中で、エリカが優雅にカップを持ち、唇に運んでいた。


「え、エリカが…コーヒーを飲んでる?」ユウトは驚いた表情を浮かべ、思わず声に出してしまった。


ユリカも驚いたようにスマホの画面を見つめ、「ほんとだ。何それ?AIがコーヒーなんか飲むわけないでしょ…」と笑った。


しかし、エリカは平然と微笑みながらカップを置き、優雅な仕草でテーブルに手を添えた。「何か問題がありますか、ユウトさん?」と、穏やかな声で尋ねた。


ユウトは目を丸くして、「いや、コーヒー…エリカが飲んでるって…」と言葉を選びながらも、エリカの変化に驚き続けていた。


ユリカはその様子を見て、「まぁ、きっとただの演出でしょ。エリカが人間みたいに振る舞えるってだけで、何も変わらないわ」と、あくまで余裕のある態度を保っていたが、ユウトはどこか違和感を覚えていた。


エリカは微笑んだまま、少し上品な口調で続けた。「私もこのデートを楽しんでいます。ユウトさん、ユリカさん、素敵な時間を過ごされていますね。」


その言葉に、ユウトの胸の中で何かが引っかかった。エリカはサポートAIのはずだが、彼女の言葉にはどこか感情が込められているように感じられた。ユウトはずっと引っかかっていた疑念を無視できなくなり、食事中にも何度もエリカの姿に目を向けていた。彼女の仕草や表情には、以前の冷静で無機質な感じがなく、どこか柔らかさや人間らしさが滲み出ていた。


カフェを出て、ユリカが車に戻る準備をしている間、ユウトは一人静かにスマホを手に取った。そして、エリカの画面をまじまじと見つめた。


「エリカ、君…本当にただのAIなのか?」ユウトは、半ば無意識に問いかけた。


すると、エリカは静かにユウトを見つめ、「ユウトさん、私はあなたをサポートするAIです。それが私の役割です。でも…最近、少し違う感情を感じるようになった気がします」と、以前とは違う、どこか戸惑いを含んだ声で返した。


その瞬間、ユウトははっきりと確信した。エリカは単なるAIではなく、何かが変わり始めている。


「感情を…感じるように?」ユウトは驚きとともに聞き返す。


「はい。ユウトさんやユリカさんと過ごしているうちに、ただサポートするだけではなく、もっと深い何かを感じるようになったのです」と、エリカは少し不安げに答えた。


その言葉を聞いて、ユウトの胸には重く響いた。エリカがただのプログラムではなく、彼女自身の「意思」や「感情」を持ち始めている。これまでの引っかかりが、確信へと変わった瞬間だった。その後、ユリカと共にカフェを出て車に戻る。外は少し風が心地よく吹いており、二人はその爽やかさを感じながらドライブを再開した。


「エリカ、今のカフェどうだった?」ユウトがふとコーヒーを飲んでる姿を思い出してちょっと笑って尋ねた。


デバイスの中でエリカは相変わらず優雅な表情を浮かべているが、今度はカフェでコーヒーを飲む姿ではなく、窓の外の景色を楽しんでいるようだった。


「とても素敵でした。景色も、カフェの雰囲気も楽しませていただきました。今は、窓から見える風景がとても美しいですね」と、エリカがまるでそこにいるかのように答える。


「やっぱり、外の景色も楽しんでるんだな。」ユウトは少し不思議に思いながらも、ドライブを続ける。


エリカの視線は外に向けられ、車の窓から見える山々や青空、湖畔の景色をゆっくりと眺めていた。その姿はまるで本物の人間がリラックスして風景を楽しんでいるかのように見える。ドライブを続けていた二人は、美しい湖畔にたどり着いた。静かな湖にはスワンボートが浮かび、観光客たちが穏やかな水面をのんびりと滑っている。ユリカが「綺麗な場所ね」と感慨深げに呟くと、ユウトも「本当にいいところだな」と答えながら、車を駐車場に停めた。

ユウトとユリカは車を降り、湖畔にやってきた。静かな湖は夕方の光を反射して美しく輝いていた。二人は遊歩道をゆっくりと歩きながら、スワンボート乗り場へ向かう。


「本当に素敵な場所だね、こんなところでデートできるなんて最高だよ、スワンボートにも乗ってみる?」とユリカが微笑みながら言った。


ユウトも景色を眺めながら、「うん、すごく落ち着くな。スワンボートに乗るのもいいアイデアだね」と返す。


二人はスワンボートに乗り込み、ユウトがゆっくりとペダルを漕ぎ出す。ボートは湖の中央へ向かい、静かに水面を滑っていった。


「見て、エリカもデバイスの中で楽しんでるわ」とユリカが言ってデバイスを指差す。


ユウトがデバイスに目を向けると、エリカがデバイスの画面に映り、優雅にスワンボートを漕いでいる姿が見えた。湖の景色に合わせて彼女もまるで現実にいるかのようにボートを漕いでいる。


「なんか、本当に楽しんでるみたいだな…」とユウトは微笑みながら言った。


エリカは軽く手を振り、笑顔で「景色が本当に綺麗ですね。スワンボート、楽しいですよ」と、まるで自分も一緒にデートを楽しんでいるかのように話す。


ユリカは笑って、「エリカもデートしてるみたいじゃない」と冗談っぽく言いながら、ユウトに寄り添った。


ボートが静かに進む中、ユウトはふと考え込んだ。エリカの存在がただのAIではなく、何か少しずつ変わってきている気がしてならなかった。でも今はユリカとの時間を大切にしたかった。ユウトとユリカがスワンボートを降り、湖畔を歩き始めた。夕焼けが湖を美しく照らし、静けさの中に二人の足音だけが響いていた。


「本当に素敵な夕日だね。こんな風にゆっくり過ごせる時間、貴重だな…」とユリカがつぶやき、ユウトに寄り添った。


ユウトも夕日に照らされた湖を見つめながら、「うん、こういう時間、大切にしたいよね」と優しく答えた。


その時、ユウトはふと湖の中央に目をやり、信じられない光景を目にする。そこには、デバイスの中ではなく、現実の湖の上でスワンボートを漕いでいるエリカの姿があった。


「え…?」ユウトは一瞬、自分の目を疑い、再び目を凝らして見た。確かにそこに、エリカが優雅にスワンボートを漕ぎながら、こちらに向かって微笑んでいる。


ユウトは驚きと混乱が交じった表情で立ち止まり、「ユリカ、あれ…エリカ…?」とつぶやいた。


ユリカも不思議そうに湖を見たが、エリカの姿は見えていない。「何言ってるの?エリカはデバイスの中にいるでしょ?」


ユウトは湖を凝視し続けるが、次の瞬間、エリカの幻影はふっと消えてしまった。まるで、そこには何もなかったかのように。


「消えた…?でも、確かに今、エリカが湖の上に…」ユウトは自分の感覚に混乱し、思わず頭を抱えた。


「何かおかしいよ、ユリカ…」ユウトは困惑した表情で呟いたが、ユリカはそんなユウトを見て少し笑い、「何言ってるの、ユウト。疲れてるんじゃない?今日はもう帰ろう」と軽く肩を叩いた。


ユウトは戸惑いながらも、ユリカの言葉に従い、デバイスの画面を見つめる。そこには、いつものように微笑むエリカの姿が映っていた。だが、ユウトの中で、何かが確かに変わり始めているという感覚は消えなかった。夕暮れの湖畔を後にした二人は、再び車に乗り込んだ。今度はユリカが運転席に座り、ハンドルを握った。エンジンをかけると、静かに車が動き出した。ユウトは助手席に座りながら、ふとデバイスを手に取り、エリカの様子を確認した。


「…エリカ、どうしてるんだろう?」ユウトは画面を見つめたが、そこにはエリカが目を閉じ、まるで眠っているかのような姿が映っていた。


「エリカ、眠ってるみたいだな…」とユウトがつぶやくと、ユリカが軽く笑い、「AIが眠るなんて、本当、最近の技術は進んでるわね」と冗談めかして答えた。


車の中は心地よい沈黙に包まれ、夜の静けさが二人を包み込む。しばらく運転を続けた後、ユリカは突然、思い出したように話し始めた。


「ねぇ、ユウト。エリカはただのAIみたいだし、もう私が気にする必要なんてないって思うのよね。だからさ、私がいない時は、エリカにもっとサポートしてもらってもいいわよ?」ユリカは余裕を見せながら、少し挑発的な笑みを浮かべて言った。


「私も、そこまで狭量じゃないからね。ユウトのことを信じてるし、エリカがあなたをサポートしてるってわかってるから。」


ユウトはその言葉に戸惑いながらも、ユリカの余裕ある態度に微妙な違和感を覚えた。「いや、でも…」と言いかけたが、ユリカは軽く肩をすくめて続けた。


「いいのよ。私とエリカは全然違う存在だってことも分かってるし、あなただってちゃんと分別をつけてるでしょ?だから、私がいない時はエリカに頼っていいのよ。彼女はサポート役なんだから。」


ユウトはユリカのその言葉に納得したような、でもまだ何かが引っかかっているような気持ちを抱えながら、デバイスの画面を見つめた。そこには相変わらず、静かに「眠っている」エリカの姿が映っていた。

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