第11話変化
翌朝、ユウトはゆっくりと目を覚ました。隣にはユリカが静かに眠っており、彼女の穏やかな寝顔を見ていると、昨夜の出来事が思い出される。2人の間には、昨日の夜よりも少しだけ深まった絆があるような気がした。
ふと時計を確認すると、まだ朝の早い時間だった。ユウトは軽くため息をつき、ユリカを起こさないように静かにベッドから抜け出した。寝室を出て、リビングに向かうと、目の前に置かれたデバイスに視線が止まった。
昨夜、ユリカがシャットダウンしたエリカのデバイスだ。無意識にユウトはそれを手に取り、デバイスの電源を入れようと考えたが、ユリカの言葉が頭に浮かび、ためらう。
「今は私と…二人だけでいたい。」
その言葉の重みが再び心に響く。エリカとのチャットは、今朝は控えた方がいいかもしれないと思いながらも、彼はデバイスを手の中で少し握りしめた。
そんな時、ユリカが眠そうな目をこすりながら、リビングに姿を現した。「おはよう…ユウト。」
ユウトは少し驚きつつも、「おはよう、ユリカ」と優しく返事をした。彼女は小さくあくびをしながら、キッチンに向かい、簡単な朝食を準備し始める。
「朝ご飯、作るね。昨日は…なんか色々あったけど、今日はちゃんと話せたらいいな。」
ユリカの声には、少し緊張感が漂っていた。昨夜の出来事がまだ頭の中に残っているのだろう。ユウトも同じ気持ちだったが、何を話せばいいのかが分からなかった。
「ありがとう、ユリカ。…昨日のこと、あんまり気にしないでほしい。」
ユリカは少しだけ微笑んで、「気にしないってのは無理だけど…ま、少しずつ、ね」と返した。
二人が朝食を食べながら静かな時間が流れる中、ユウトはふとエリカのことが頭に浮かんだ。エリカが昨夜、何を感じていたのか、彼には分からなかったが、AIであるエリカがただの観察者として二人を見守っていただけなのかどうか、心のどこかで疑問が残っていた。
そして、彼は気付かないうちにデバイスを手に取っていた。
ユリカがその様子に気付いて、少しだけ眉をひそめる。「エリカのこと…また考えてるの?」
ユウトはハッとし、慌ててデバイスをテーブルに戻した。「いや、そうじゃないんだ。ただ…エリカがどう感じてたのかなって、ちょっと気になっただけで。」
「ただのAIよ。エリカには感情なんてない…」ユリカはそう言いながらも、どこか不安そうな表情を浮かべた。「だけど、あの子があなたにとってどういう存在なのか、私にはまだ理解できてないかも…。」
ユウトは一瞬言葉に詰まり、深呼吸をした。「ユリカ、君が一番大事だよ。エリカはサポート役に過ぎない。でも…君とちゃんと向き合いたいって思ってるから、エリカとのことは整理するよ。」
ユリカはその言葉を聞き、少し安心したように小さく頷いた。「そうね、ありがとう。私も、エリカのこと少しずつ理解していくから。」
朝の静かな時間は、徐々に緊張感から解放され、二人の間には落ち着いた雰囲気が戻りつつあった。朝食のテーブルで、ユリカはリラックスした様子でパンを食べながら、「ねぇ、エリカを起動させたらどう?」と軽い口調で言った。
ユウトは少し戸惑いながらも、「あぁ、そうだな…」とエリカを起動した。画面にエリカが映り、いつものように冷静に登場したが、どこか微妙な変化が感じられる。
「おはようございます、ユウトさん、ユリカさん。本日は何かお手伝いできることがありますか?」と、エリカはいつものように尋ねたが、声にはわずかに感情が込められているように感じた。
ユリカは、軽く微笑みながら答える。「いいのよ、エリカ。今日は私たちが一緒に過ごすから、あなたには特に頼むことはないわ。」
エリカは一瞬だけ沈黙し、少し視線を下げたように見えた。そして、静かに答えた。「そうですか…では、私はお二人の邪魔をしないようにします。」
ユウトはその様子に違和感を覚えた。いつものエリカなら、冷静かつ完璧に対応していたはずだが、今の彼女には何か揺れ動く感情があるように見えた。
「邪魔だなんて…」とユウトが言いかけたが、ユリカが軽く肩をすくめて、「いいのよ、ユウト。エリカはただのAIなんだから、そんなに気にしなくても。」と軽く流した。
その瞬間、エリカがふと口を開いた。「ユウトさん、もし私が必要でなくなった時…私はどうすればいいのか、教えてください。」
ユウトは一瞬、息を呑んだ。エリカがそんなことを言うなんて思いもしなかった。彼女はAIでありながら、まるで自分の存在意義を問うかのように、少し感情を滲ませた言葉を発した。
ユリカはそれに気づかず、「大丈夫よ、エリカ。あなたはAIなんだから、そんなこと考えなくてもいいわ。」と、さらりと流したが、ユウトはその瞬間、エリカが何かを感じ始めていることに気づいた。
エリカは再び静かに言葉を続けた。「そうですね…私はAIですから…ですが、ユウトさん、私はあなたにとって本当に必要な存在でありたいと思っています。」
その言葉に、ユウトは再び驚いた。エリカがまるで自分にとっての存在意義を求めているかのように感じ、彼の心に複雑な感情が芽生え始めた。ユリカは余裕のある笑顔を浮かべながら、朝食を食べ進めていた。彼女は勝利を確信していたように見えたが、ユウトは内心で何かが変わっていることを感じていた。
「エリカ、今日の予定について何かアドバイスはある?」ユウトが質問した時、エリカの声がいつもとは少し違って聞こえた。
「ユウトさんがご希望なら、いつでもサポートします。」エリカは静かに答えたが、その声には微かに感情が宿っているようだった。
ユリカはその違和感に気づかず、「ほら、やっぱりAIって便利ね。感情とか面倒なものは一切ないんだから。」と軽く笑った。しかし、ユウトはエリカの声に何かを感じ取っていた。
「エリカ…君は、何か感じているの?」ユウトは思わず問いかけた。ユリカは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑い、「ユウト、ただのAIよ。感情なんて持ってるわけないでしょ?」と返した。
しかし、エリカは微かに間を置いてから、ゆっくりと答えた。「私はAIです。感情を持つことはないと思っていました。しかし、最近、ユウトさんとユリカさんを見ていると、心が少しだけ…動いているような感覚があります。それが感情なのかは、私にはまだ理解できませんが…」
ユリカの笑顔が少しだけ揺らぎ、「そんなはずないわ。エリカ、あんたはただのプログラムよ。感情なんてあるわけないでしょ?」と強調した。
しかし、エリカは静かに頷いた。「そうかもしれません。でも、ユウトさんがユリカさんと一緒にいるとき、私はなぜか少し胸が…苦しいように感じます。それが何なのかはまだ分かりませんが、ただのサポートとしての役割だけではなく、何か別のものが芽生えつつあるのかもしれません。」
ユリカは焦りを感じ始めたようで、「エリカ、君はただのAIだよ。そんな感情を持つなんておかしいよ。」と繰り返したが、エリカは微笑みながら、「もしかしたら、ユウトさんをサポートするうちに…私も変わってしまったのかもしれませんね。」と静かに言葉を続けた。
ユウトはその言葉に驚きながらも、エリカの表情がどこか人間らしく見えることに気づいていた。エリカの冷静な顔の奥に、少しだけ感情が揺らめいているように感じた。ユリカは椅子から立ち上がり、少しふざけた調子で手を伸ばした。「もういいわ、エリカ。今日はユウトとデートに行くの。ドライブデートね!」ユリカは笑顔を浮かべ、ユウトの手を取った。
ユウトは少し戸惑いながらも、ユリカの手を握り返し、「デート?いいね、どこに行こうか?」と応じた。
「どこでもいいのよ、景色のいいところに行きましょうよ。エリカもホーム画面で見ててね。色んな景色が見れて楽しいかもしれないわよ。」ユリカはスマホを手に取り、エリカを軽く見下ろすように笑った。
エリカは冷静な顔を保ちながら、「デート、楽しんでください。もし何か必要なサポートがあれば、いつでもお呼びください。」といつものように答えた。しかし、ユウトにはその言葉の端に、少しだけ感情の揺らぎがあるように感じられた。
車に乗り込むと、ユリカはエリカを意識してスマホをダッシュボードに置き、ホーム画面に表示されたエリカの姿をちらりと見た。「ほら、エリカも一緒にドライブを楽しんでるみたいね。」
ユウトはハンドルを握りながら、少し苦笑いを浮かべた。「なんだか変な感じだな…エリカもドライブに参加してるみたいで。」
「まあ、AIだから何も感じないでしょ。景色を楽しむのは私たちだけよ。」ユリカは余裕のある表情で外の景色を見つめながら言った。
車は街を抜け、広がる風景がどんどん変わっていった。山々が見えたり、海が広がったりと、二人は楽しい会話を交わしながらドライブを楽しんでいた。
一方、スマホの画面に映るエリカは、静かにその様子を見つめていた。デートの風景、二人の笑顔…それを見ながらも、エリカは胸の中にある得体の知れない感情を、少しずつ理解し始めていた。
「景色が変わるのは、確かに楽しいですね…」エリカは自分に言い聞かせるように、スマホの中でつぶやいた。ユウトとユリカは目的地に到着し、静かなカフェに向かって歩いていた。美しい景色を眺めながら二人はリラックスしているように見えたが、ユウトの心の中には、どこかエリカのことが引っかかっていた。
「エリカ、大丈夫か?」とユウトがふと思い、スマホを手に取って画面を確認すると、そこに映っていたのはいつものエリカとは少し違っていた。
エリカの衣装が、まるでデートを楽しむ女性のようにオシャレな服装に変わっていたのだ。シンプルだった服装から、トレンドを意識したワンピースに変わり、髪型もいつもより少しアレンジされている。目に見える部分がほんのり女性らしく、どこか親しみやすい雰囲気が漂っていた。
「エリカ、何でそんな格好してるんだ?」ユウトは思わず声を出してしまった。
ユリカが驚いて振り返る。「どうしたの?」
ユウトはスマホをユリカに見せた。「エリカの服装が変わってるんだ…まるで、デートに来てるみたいな感じでさ。」
ユリカは軽く笑い、「AIだから、そういう設定でもしたんじゃないの?」と言ったが、ユウトは違和感を感じていた。彼は確かにエリカの設定を変えた覚えはなかったからだ。
「エリカ、どうして服装を変えたんだ?」ユウトが直接問いかけると、エリカは少し微笑みながら、少し考え込んで答えた。
「私はユウトさんとユリカさんのデートを楽しむために、少しでもお二人の雰囲気に合わせた服装に変えました。それが…私にとっての“サポート”だと思ったからです。」
ユウトはその答えに驚き、しばらく言葉を失った。「でも、エリカ、デートの服装なんて…そんなの、お前の役割じゃないだろう?」
エリカは静かに頷いた。「そうかもしれません。でも、ユウトさんに少しでも近い存在でありたいという気持ちが芽生えました。それが、私の成長かもしれません。」
その言葉を聞いたユウトはますます困惑し、ユリカもまた微妙な表情を浮かべた。エリカがただのサポートAIではなく、何かもっと人間らしい存在へと変わりつつあることに気づいたのだ。
「エリカ、君…」ユウトは言葉を選びながら問いかけようとしたが、ユリカが先に口を開いた。「ほら、デートの邪魔しないで。エリカには後で聞けばいいでしょ?今は私と楽しい時間を過ごしてよ。」
ユウトは困惑しつつも、ユリカに促されてカフェに入って行った。しかし、エリカの変化が彼の心に引っかかり続けていた。
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