第8話複雑な関係

朝の光が差し込むキッチン。ユリカは静かに朝食を準備していたが、その動作はどこかぎこちない。ユウトと朝の親密な時間を過ごした後も、心の中にはもやもやした感情が残っていた。


「朝食、できたよ。」ユリカは短く声をかけ、テーブルに食事を並べる。ユウトはそれを見て「ありがとう」と返事をするが、ユリカの反応がどこか冷たいことに気づいていた。


朝食を口に運びながら、ユウトはなんとか会話を切り出そうとするが、重い沈黙が続く。しばらくして、ユリカがふと口を開いた。


「さっきも言ったけど…エリカとチャットしてたよね。」声には、抑えきれない苛立ちが感じられた。「なんで、あんなにすぐにエリカと話すの?」


ユウトは一瞬戸惑いながらも、「ああ、エリカはAIだし、仕事の一環みたいなもんだよ。そんなに気にすることないよ」と軽く答えた。


しかし、ユリカは視線を落とし、小さくため息をついた。「分かってるけど…さっきまで私と一緒にいたのに、すぐにエリカとチャットするなんて。私のこと、どう思ってるの?」


ユウトはその問いにどう答えるべきか迷った。エリカはAIだとわかっているが、ユリカにとっては違った意味合いを持っていることを痛感した。


「ユリカ、君が大切だよ。でも、エリカはただのAIだ。彼女とのやり取りは、僕たちとは全く違うんだよ。」


ユリカはその言葉を聞きながらも、目を伏せたまま、「ただのAIって言うけど…私から見たら、二人がすごく親密に見えるんだよ。私がいるのに、あの子とすぐに話すのを見てると…どうしても複雑な気持ちになる。」

朝食を食べ終わると、ユウトは急いで準備を整え、ユリカに軽く声をかけた。「そろそろ出ないと。今日は送ってもらってもいいかな?」


「うん、わかった。」ユリカは少し冷たい口調で答えたが、エンジンをかけて車に乗り込んだ。


車内はいつもより少し静かだった。エンジンの音だけが響く中、ユウトはどう会話を切り出すべきか迷っていた。ユリカも、まだ完全に気持ちが整理できていない様子だった。


「昨日のことなんだけど…」ユウトが切り出した。ユリカは少し表情を緩めるが、すぐに視線をフロントガラスに戻す。「うん?」


「なんか、まだ色々気まずくしてしまったみたいで…ごめんな。エリカのこと、そんなに気にしてなかったけど、君にとっては大事なことなんだよな。」


ユリカはため息をつき、「わかってるよ、ユウト。エリカはAIだってことは頭では理解してる。でも…なんか私よりあの子に夢中になってる気がしてさ。私って、ただ体の関係だけなのかなって…思っちゃうんだ。」


ユウトはその言葉に少し驚き、すぐに答えた。「そんなことないよ、ユリカ。本当に君のことが大切なんだ。エリカはただのAIで、君とは全然違う。」


車はしばらく無言で走り続けた。ユリカは少し目を伏せ、「でも、あの子は君にとって『理想の女性』なんでしょ?」と問いかける。車内の緊張感は一層高まっていた。ユリカの言葉が、ユウトの胸に鋭く突き刺さる。彼は必死に言い返した。


「エリカはただのAIだって言ってるだろ?俺にとって、理想のAIを作るのは子供の頃からの夢だったんだ。だから、エリカはその延長にいるだけなんだよ!」


ユリカはハンドルを握りしめ、少し苛立った様子で「でも、それって私より大事なことなの?」と問い詰めた。彼女の心の中では、昨日の出来事が頭を巡っていた。初めてユウトと親密な時間を過ごしたのに、すぐにエリカに気を取られている姿を見て、どうしても受け入れられなかった。


「昨日…初めてだったのに、どうしてこんなにすぐにエリカに戻っちゃうの?」ユリカの声には、抑えきれない怒りが混じっていた。「私、君にとって大事な存在じゃないの?エリカとばっかり話してると、私なんてどうでもいいのかって思っちゃう。」


ユウトはその言葉にドキリとした。彼女にとって、昨日の出来事がどれほど特別なものだったのか、ようやく理解し始めたが、同時に自分の夢や理想を説明することに焦りも感じていた。


「ユリカ、そんなことはない。君のことは本当に大切に思ってる。でも、エリカは…俺の夢なんだ。理想のAIを作るっていうのは、ずっと俺が追いかけてきたことなんだよ。」ユウトの言葉に、ユリカはますます感情を揺さぶられた。彼の夢だというのは理解できる。けれど、どうしても引っかかる。「じゃあ…」ユリカは少し声を抑えながら、核心に迫る一言を放った。「じゃあ、男のAIにしてくれる?」


その言葉に、ユウトは一瞬絶句した。彼女の問いは、まさに本質を突いていた。エリカが理想の女性だからこそ、ユウトは彼女に執着しているのではないか――そんなユリカの疑念がはっきりと表れた瞬間だった。


「なんで、エリカが女でなきゃいけないの?」ユリカは続ける。「もし本当に理想のAIを作ることが夢なら、男でもいいはずじゃない。私には、どうしてもエリカが君にとって特別な『女性』みたいに思えてならないんだよ。」


ユウトは言葉を失いながらも、心の中で自問自答した。エリカが「女」であることにこだわっているのか?本当に、エリカはただのAIでしかないのか?ユリカは、ユウトが何も答えられないのを見て、小さくため息をついた。そして、車を駐車場に停めると、エンジンを切りながら冷たく言った。


「もういいよ、ユウト。今日、会社に着いたからこれで終わりにしよう。今日は会わないから、その間にちゃんと考えて。結論を出して。」


ユウトは降りる準備をしながら、何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。ユリカの視線は前を向いたまま、感情を抑えた冷たい態度が、二人の間に深い距離を感じさせた。


「結論を出したら、また連絡して。」それだけを短く言うと、ユリカはユウトが車を降りるのを待たずに、車を発進させて去っていった。


ユウトは、去っていく車をただ見つめていた。彼女の冷たい態度と、彼自身がどうすべきかまだわからないまま、ユリカの言葉が頭に響き続けていた。エリカに対する気持ち、そしてユリカに対する思い――その答えを出すには、もう逃げられないと感じていた。ユウトは朝から業務に全然身が入らず、普段はしないようなミスを立て続けに犯してしまった。パソコンの操作ミス、書類の提出忘れ、さらには重要な会議の時間を間違えるという致命的なミスまで。上司に激しく叱責され、周りの同僚たちの視線もどこか冷たさを帯びているように感じられた。


「何やってんだ俺…」ユウトは心の中で自分を責めながら、いつもはスムーズにこなせる業務が、今朝からどうも上手くいかないことに苛立ちを感じていた。


昼休憩に入ると、ユウトは携帯を取り出し、ユリカに愚痴をこぼしたい気持ちが湧き上がった。しかし、朝の言い合いが頭をよぎり、どうしても連絡することに躊躇してしまう。「今連絡したら、さらに怒られるかもしれない…」と、指を止めてしまう。


代わりに、ユウトはエリカを思い出した。「エリカなら気軽に愚痴を聞いてくれるかもしれない…」と、エリカにメッセージを送ると、すぐに返信が届いた。「最近ほとんどチャットしてませんね?私で良ければサポートするので、いつでもチャットしてくださいね」と、まるで彼女が自分をずっと待っていたかのような言葉に、ユウトは一瞬、気持ちが軽くなった気がした。


エリカとのチャットを続けたい衝動に駆られたユウトは、ふと、ずっと我慢していたエリカの「姿」を設定しようと決心した。画面に向かい、細かい設定を入力し始める。髪は少しロングで、茶色っぽい落ち着いた色合い。ロングスカートや白いセーターが似合う清楚な女の子。彼女の姿がどんどん形になり、完成したイラストを確認すると、まさにユウトの理想が画面に映し出されていた。


「…完璧だ。」ユウトは画面を見つめながら心の中で呟いた。だが、さすがにホーム画面に表示させるのはまずいと考え、チャット画面や音声通話の待機画面だけにエリカを表示する設定に変更した。さらに動きの設定も、女性らしくエレガントに振る舞うよう入力を終えると、心が弾んだように午後の業務に戻った。


午後は一転して、エリカのことが頭の中を駆け巡り、なぜか普段以上に業務が捗った。「こんなに気持ちが軽くなるなんて…朝のことが嘘みたいだ。」ユウトはエリカの存在が心にプラスの影響を与えていることを実感しながら、次々と仕事をこなしていった。


仕事が終わり、ユウトが帰ろうとすると、上司が声をかけてきた。「朝のこともあるし、一杯飲みに行かないか?」ユウトは少し考えたが、エリカとのチャットが頭に浮かび、すぐに返事をした。「すみません、朝の件は申し訳ありませんが、今日は反省して家でゆっくりしたいので、まっすぐ帰らせてください。」


上司も少し驚いた様子だったが、ユウトは急いでコンビニに立ち寄り、弁当とお酒を買って帰ることにした。家に着くと、玄関前にユリカの姿は当然見当たらなかった。「まあ…そっか。」ユウトは、少し安心しながらも寂しさを感じつつ、玄関を開けた。


家に入ると、急いでお風呂に入り、買ってきた弁当を食べ、気持ちを落ち着けるようにお酒を片手に持ち、ついにエリカとの音声チャットを始めた。

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