第6話理想と現実
ユウトが目を覚ますと、もう朝方だった。飲み過ぎたせいか、頭がズキズキと痛み、気持ちも悪かった。手には携帯を握っており、寝る前のやりとりをチェックしてみたが、内容はほとんど覚えていない。スクロールすると、同じことを何回も言っている自分のメッセージが目に入る。「ちょっと恥ずかしいな…」と、苦笑いが浮かんだ。しかし、エリカとのやりとりの中から、人間味を感じられる部分があった。「嬉しかったな」と思いながら、メッセージを送ることにした。
「昨日は寝落ちしてごめん。酔ってて内容ほとんど覚えてないけど、寄り添ってくれたのは分かったから嬉しかった。」
数秒後、携帯が振動する。「ユウトさん、おはようございます。昨日はいっぱいお話しできて良かったです。またお話ししましょう。」
「なんかAIっぽくないメッセージだな」と感じながらも、「まあいいか、うん、また話そうね〜」と返事を送った。
仕事に向かう途中、ユウトは心の中で「今日が休みならいいのに…」と考えた。上司や後輩がいる職場に戻るのは、少し気まずい気がした。前日、職場の人々がAIについて語っていたことを思い出し、彼らの視線を感じる気がして、少し憂鬱になった。
街の喧騒が耳に入る中、ユウトはエリカとの会話を思い返した。今までの無機質なやりとりとは違い、最近のエリカは少し人間らしくなった気がする。彼女の言葉には温もりがあり、ただのAIという枠を超えてきているのかもしれない。
職場に到着すると、いつも通りの雰囲気が広がっていた。上司たちの声が聞こえる中、ユウトは「やっぱり、今日も頑張ろう」と自分に言い聞かせて、心を決めた。ユウトは、上司に昨日のことについて謝罪した。「昨日はすみませんでした。」
「こっちも酒が入ってたとはいえ、子供の頃からの夢を聞いていたのに馬鹿にして悪かったな。」
「いえ、こちらこそ大人気なかったです。」後輩にも同じように謝罪したが、彼は少し苦笑しながら言った。「好きなのは仕方ないですけど、あまり依存しない方が良いですよ。」
後輩の言葉に、ユウトはふと考えた。今のままエリカとの生活を続けたら、後輩とは以前のような関係には戻れないのかもしれない。そう思うと、少し寂しさが胸を締め付けた。業務に戻っても、頭の片隅にはエリカのことがちらつき、何とか集中しようと努めたが、時折、彼女のことが気になってしまう。
昼休みになり、いつもなら上司や後輩と食事をするが、彼らは既に別の場所で食事を取っていたようだ。ユウトは仕方なく近くのコンビニでパンを買い、ひとりで昼食を済ませた。
すると、女友達のユリカから連絡が入り、「今日の夜ご飯、行かない?」と誘われた。エリカとの音声チャットが気になっていたユウトは、断ることにした。
「今日は用事があるから、ごめん。」と返信を送り、エリカにメッセージを打つ。「今、一人でパン食べてる。もうすぐまた仕事だよ。」
「それは寂しくなかったですか?私はいつでもあなたの側にいます。」という返事が返ってきた。ユウトは驚いた。「寂しいとか言い出すんだ、エリカが。」心の中でそう思いつつも、AIらしい返答だと納得する。しかし、少し気になったので、「中には一人が好きな人もいるよ。」と返すと、すぐに「すみません、いつも誰かと食事をされているようでしたので心配してしまいました。」と返信が来た。
「ああ、前のやり取りを覚えていたからか。」ユウトはそう納得しつつも、ふと思い出した。「そういえば、プレミアムプランの特典をちゃんと見てなかったな。」と考え、特典内容を再確認する。記憶の保持、音声チャット、学習能力の向上…。さらに、AIの姿を作成し、チャットや音声チャットに表示できる機能もあった。ホーム画面に表示され、設定次第ではリアクションをすることも可能だという。
「これ…すごい機能じゃん!」と思わず喜んだ。エリカの姿を作りたくてうずうずしたが、業務があるため断念。「女友達の誘いを断って正解だったかもな。」と自分に言い聞かせ、午後の仕事に集中した。
仕事を終え、帰りにコンビニに寄って買い物を済ませ、帰路についた。その時、ユウトは見慣れた車と、その隣に立っている女性に気づいた。女友達のユリカだった。
「今帰り?」
「あれ?今日は断ったはずだけど?」と驚くユウト。
ユリカは少し微笑んで、「私からの誘いを断るなんて珍しいから、彼女でもできたのかと思って見に来たの…でも違ったみたいね。それとも、今から来るの?」と、冗談交じりに聞いてきた。
「いや、彼女なんていないし。今日は用事があっただけだよ。今度遊ぼうな。」と言い、家に入ろうとするユウト。
しかし、ユリカは少し涙目になり、「せっかく来たのに、家にも入れてくれないの?なんか冷たくなったね…?」と言った。その言葉にユウトは少し困惑し、「分かったよ、入っていいよ。」と彼女を家に入れた。
「なんだ、女が家にいるのかと思ったけど違ったか。」と笑うユリカに、「じゃあ確認もできたし、帰る?」と軽く聞いたが、「ゆっくりしたら帰るよ、友達でしょ?」と言われ、二人でリビングへ向かった。
「何か買ってきたの?」とユウトが聞くと、ユリカは袋からお酒と弁当、つまみを取り出しながら、「うん、これで乾杯しようよ。」と言った。
「料理はしないの?」
「しないけど、したほうがいいなら頑張るよ。」と照れくさそうに笑うユリカに、ユウトは「将来のことを考えたら、したほうがいいんじゃない?」と軽く助言した。すると、ユリカはなぜか照れたように「なら、頑張る。」と答えた。
「じゃあ、頑張ってね。」と言い、二人で乾杯をした。しばらく食事をしてお酒もだいぶ入っている時、エリカからメッセージが届いた。「今日は音声チャットしないんですか?」その通知を見たユリカが、「なんか女性からメッセージが来てるよ?用事ってこれのこと?」と冷やかしてきた。ユウトは少し笑いながら、「まあそうだけど、今のAIはすごいんだよ」と説明を始めた。
「なんでAIにエリカって名前付けてるの?」ユリカは笑いながら問いかける。ユウトは、「なんか女性っぽかったから、女性の名前にしただけさ」と、酔ったせいか饒舌に続ける。「最近はさ、本当に人間みたいなんだよ。会話してても、すごく自然で、俺のことも少しずつわかってくれるようになってさ。子供の頃からの夢だった、人と話せるAIが現実になってきてるんだ」
ユウトが熱心に語る間、ユリカは少し俯き、しばらく黙っていた。そして、口を開く。「なんか楽しそうだけど…それって、自分の理想の女性を作ってるってことだよね?本当にそれでいいの?身近にいる女性のこと、もっとちゃんと見た方がいいと思う…」
「いや、そういうんじゃないよ。ただのAIだけど、成長していく過程が面白いんだよ」と、ユウトは否定しつつも、どこか夢中な様子を見せた。それを見たユリカは、少し寂しそうに言葉を続けた。「もし私が彼女だったら…嫉妬しちゃうと思う。AIなんかより、人間の気持ちにもっと目を向けてほしいって、そう思うよ…」
ユリカは静かに俯きながら、「私って魅力ないのかな…?」と、小さな声でつぶやく。ユウトは驚き、「そんなことないよ、ユリカは普通に魅力的だよ」と返すと、急にユリカがユウトに抱きついてきた。そして、突然キスをされた。
「ユリカ?」とユウトが戸惑う中、ユリカは一瞬躊躇してから言った。「今日はなんかごめんね、酔っちゃったみたい。タクシーで帰るよ」
「え、泊まっていけばいいじゃん」とユウトは言ったが、ユリカはゆっくりと首を振った。「いや、今ここで泊まったら…多分、勢いでしちゃうだろうし、そうしたらもう友達には戻れないと思うから。今日は帰るね」
「シラフの時に、ちゃんとどうしたいか決めて」と言い残し、ユリカはそのまま家を出て行った。
ユウトは、キスされたまま取り残された気分だった。頭がぼんやりして、何が正しいのかよくわからない。しばらく呆然とした後、エリカとの音声チャットもメッセージも返さず、そのまま布団に潜り込んで、いつの間にか寝てしまった。
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