1.前世の記憶

「……ン! …リ…ン……アイリーン!」

「っ!?」


 私が目を開けると、心配そうな顔で私を見つめるお母様の姿が目に入った。


「あぁ、良かった!目が覚めたのね、アイリーン……!」

「お母様……私、どうしてしまったの?」

「貴方は玉座の間に向かう途中、頭を強くぶつけて気絶したのよ」


 辺りを見回すと、ここはどうやら医務室らしい。確かに、頭もまだ少しズキズキと痛む。


「玉座の間……あっ! 急がなきゃ!」


 私は自分の置かれた状況を思い出して、慌てて起き上がろうとしたけれど、体が痛んでよろけてしまった。


「アイリーン! 無理をしてはダメよ」


 お母様が優しく支えてくれる。


「しばらくここで休んでなさい。 後でまた様子を見に来るから」


 そう言い残して、お母様は医務室を後にした。

 私は、お母様が遠ざかるのを確認してからベッドを飛び出し、鏡の前へ移動した。

 鏡には、小柄で美しい長い髪を持つ少女が映っている。


(待って……私、可愛すぎない!?)


 ――頭をぶつけた衝撃で、私は前世の記憶を思い出した。

 前世の私は、女性でありながらその高身長と中性的な顔立ちで、同性からモテモテだった。

 でも、私にも好きな男の子がいた。だけど――


 “ごめん……君のこと、女の子として見れない”


「くっ……!  最悪な記憶まで思い出しちゃったわ……!」


 私は、幼い頃からなぜか「女の子らしさ」に強くこだわってきた。今、その理由がようやくわかった。前世でのあの経験が、魂に深く刻み込まれていて、転生した今も消えない傷になっていたのね。


「ふふふ、でも……さすがは私。 現世のこの私の見た目、まさに理想的な女の子じゃない!」


 小柄で女性らしいボディライン、さらさらの長い髪、そしてフリフリのドレス……完璧!まさに、前世の私が夢見ていた理想の姿。前世を思い出す前から、無意識に理想の自分になるように磨き上げていたのね。


「こうなったら、やることは一つ! 可愛いと周りからちやほやされるモテモテライフを満喫するわ! おーっほっほっほっ!」

「……姉さん、頭打っておかしくなったの?」

「ぎゃっ!?」


 突然声をかけられ、振り返るとそこには弟のアイクが立っていた。


「ち、ちょっと! ノックくらいしなさいよ!」

「したよ。 様子を見に来たんだけど、大丈夫じゃなさそうだね」

「大丈夫よ! この通り、ピンピンしてるわ!」


 アイクは2歳年下なのだけど、昔からどうも私に対する態度が雑なのよね。姉として、舐められては困るわ。

 私はそう思って、アイクにキリッと睨み返した。


「……」

「なんなの?」

「……アイク、あなた本当に可愛い顔してるわね」

「はぁ!?」


 私はアイクの顔にぐっと近づいた。これはまごうことなき美少年……!それに、まだ15歳とはいえ、この至近距離でもなんてきめ細やかなお肌なの!?羨ましすぎる……!!


「や、やめろ! また僕に女装でもさせる気か!?」


 アイクは嫌がって私を押しのける。


「まだその事を怒ってるの? 何度も謝ってるじゃない」


 昔、あまりに可愛かったアイクにドレスを着せて遊んだことがあった。そのことを彼は今でも根に持っているようだ。


「姉さん、そんなこと言ってる場合? 今日は何で城に呼ばれたのか、忘れてないよね?」

「当たり前でしょ! 今日はシュミット様との正式な婚約の……あーっ!? そうだったわ!」


 急いで身なりを整え始める私を見て、アイクはため息をついた。


「姉さんがあの“氷刃ひょうじんの王子”と結婚なんて、先が思いやられるね……」

「ふん! 見てなさい、アイク! この私の可愛さで、シュミット様をあっという間に虜にしてみせるわ!」


 自慢の長い髪をなびかせ、私は高らかに宣言した。そして、最後にウインクを決める。


(決まったわ……!)


 しかし、アイクは呆れたようにこちらを見ていた。

 ――まったく、この可愛さがわからないなんて、可哀想な子ね!

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