第44話 ドワイト商館長の商人魂を垣間見る

 体調が戻ったある日、屋敷をドワイト商館長が尋ねてきた。

 霊孤泉の水を使って新たに作った二つの化粧水を差し出すと、想像以上のものだといって大いに喜んでくれた。

 

「商館長、私にはどちらと決められません」

「その理由は?」

「万人に売るものであれば、柚子の香りの方でしょう。しかし、譲渡品とするなら華やかさのある茉莉花が良い。そう、意見をいただきました」

「意見? 藤倉様からですかな?」


 同席する藤倉様が首を横に振るのを見て、ドワイト商館長は春之信さんを見た。でも、彼はうんともすんとも言わずに姿勢を正している。

 

「春之信さんです。彼が、贈るのであれば、そちらが良いと。私も、大名の奥方様に贈るのであれば、華やかなものの方が好まれるのではと考えています」

「なるほど、贈答品か。確かにこちらの方が華やかで強い印象を与えるだろうが、しかし……」


 二つの瓶を見比べたドワイト商館長は、柚子の化粧水の出来の良さも捨てがたいという。それを見て、藤倉様はうむと頷く。


「女中たちも、特に柚子を気に入っておったそうだ。毎日でも使いたいとな」

「……献上品は一品でなくともよいかもしれませんな」

「どういうことだ、ドワイト?」

「例えばですが。こちらの名を朝の露とでもしましょう」


 そう仮の名を与えられたのは、柚子の化粧水だった。

 夏の青空の下で花を咲かせる柚子だ。その香りを朝の露と呼ぶのも、なかなかに洒落ているではないか。とすれば、もう片方が夜の露となるのは道理。茉莉花の香りは梔子と似ており、恒和の人々には馴染みのある香りかもしれない。甘く艶っぽい香りは、夜のひとときに花を添えてくれるだろう。──したり顔で語る商館長が胸を張った。


 そんな様子から、彼の商売魂のようなものを垣間見たような気がした。


「甲乙つけがたいのであれば、共に使えばよいのです」

「なるほど。考えたな、ドワイト」

「勿論、気に入った一方のみを使うことも可能ですが、贈答とするなら、少し特別感を出すとよろしいかと思います。桐の箱に二つ並べて献上するも良いでしょう」


 さらに、瓶のラベルも朝と夜、分かりやすいデザインのものを貼ればよいだろう。それぞれの香りのイメージで、柚子を持った女や茉莉花、あるいは梔子の花に囲まれた女を描くのはどうか。──次々とアイデアを打ち出したドワイト商館長は自信満々な様子だ。まさに立て板に水。


 一通り、商館長が提案を終えると、藤倉は頷きながら「面白いな」と賛同した。


「泉の水を使うものは生産量が確保できません。その点においても、この二つはどちらも贈答品に相応しいと思われます」

「して、井戸水で作った品を安価にし、市中で売るのだな。さしずめ、廉価れんか版といったところか」

「はい。姉妹品とでも銘打って頒布すれば良いかと思います。実はその特上品が大名にも献上されたと、口伝くちづてに触れ込むのです」

「はははっ、やはりお主は商人だな」


 膝を打って笑った藤倉は、まずは献上品の用意を進めようと、すっかり乗り気だ。


「藤倉様、一つお願いがあります」

「何だ?」

「瓶には札を貼ります。商品の名を記すものですが、そこに絵を入れたいと思います」

「おお、良いではないか! せっかくだ、美しい女子おなごでも描くのはどうだ」

「私もそう思いまして、ここは恒和とエウロパ、二つの良さを合わせた絵を描くことは出来ないでしょうか?」

「ふむ? それはどのようなものだ」

「浮世絵にて、ドレス姿の女子を描くのです。その髪にかんざしを挿し、手には恒和の植物をもつ」


 にっこりと笑ったドワイト商館長は、ついと私に視線を向けた。それに釣られるように、藤倉様もこちらへ顔を巡らせる。


 すっかり蚊帳の外になっていた私は気を抜き、出されていた菓子を口に運んだところだった。

 口の端に白い粉をつけたまま動きを止め、慌ててお菓子を飲み込む。


「……はい?」

「モデルはお前だ!」

「なっ、何でそうなるんですか!?」


 顔を引きつらせながら嫌だと訴えてみたものの、すっかりその気になってしまった二人は、私の訴えをあっさり却下する。そうして、話はとんとん拍子で進んでいった。

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