第43話 文に添えられた和歌の意味が分かりません

 霊孤泉で起きた襲撃によって、私はしばらく藤倉家の屋敷から外出できなくなった。


 誰がどう聞いたって、狙われたのは私だと思うわよね。解決するまで身の安全が優先だといわれてしまえば、仕方ない。そう分かっていても、憂鬱な気持ちが募ったからか、霊孤泉から戻った数日後に私は倒れてしまった。


 目を覚ました私の視界に入ったのは、心配そうなエミリーだった。ぐるりと目を動かし、自分が布団で横になっているのだと分かる。


「私……どのくらい寝ていたの?」


 体を起こそうとすると、唐突な眩暈が襲ってきた。耳鳴りもするし、本格的に体調が悪いようだ。

 慌てて私の背に手を添えてくれたエミリーは、少し怒った顔をする。

 

「ご無理をしすぎですよ!」

「そんなに無理をした覚えはないんだけど……」

を甘く見てはいけないって、母が言っていました」


 エミリーに勧められ、再び布団へと体を横たえた私は、ああと納得する。

 そういえば、昨日から月経がはじまっていたわね。


「調子の悪い時はお休みくださいね。こればかりは、どうすることも出来ないので」

「気をつけるわ」

「お医者様も、疲れだろうと仰ってましたよ」

「わざわざ医者を呼んだの!?」

「何を驚かれるんですか。倒れて意識がないんですから、呼ぶのは普通のことですよ」

「でも、病気って訳じゃない──」

「そう思うなら、倒れる前にお休みください。春之信様も、随分と心配されていましたよ」


 春之信さんと聞き、とたんに羞恥心と不安感が込み上げた。

 優しい彼のことだから、きっと医者に詳細を聞いたに違いない。


 もしかしたら、霊孤泉に連れて行って無理をさせ過ぎたんじゃないかとか、気にしているかも。そう考えると、申し訳なさすぎる。だって、霊孤泉に行く前、囮にでもなりますなんて、勇んでお願いしたのは私よ。ああ、むしろこれで愛想をつかされるかもしれないわ。ううん、彼がそんな薄情な人だとは思っていないけど。


 ぐるぐると巡る考えは、どんどん深みにはまっていくようだった。


「……心配をかけたこと、謝らないと」

「そこは、感謝をお伝えした方がよろしいかと思いますよ」

「で、でも、ご迷惑をかけたのだから」

「きっと、迷惑なんて思ってませんよ」

「そうかしら……」

「霊孤泉で怪我を負っていたのではないか、何か病をもらったのかって、大騒ぎでした。でも、医者から過労だって聞いた時、安心したご様子でしたよ」


 私の掛布団を整えながら、エミリーは優しい口調で話してくれた。


 今まで、私を本気で心配してくれる男の人はいなかったと思う。勿論、身内は別だけど。

 言い寄られても迷惑にしか感じなかったから、男装して恋愛には興味がないアピールもしてきた。だから、正直なところ男性との距離感というものがいまいち分からない。ましてや、心配されることに慣れてもいない。


 だけど、ほっと安堵してくれる春之信さんの様子は何となく想像がつくし、それを思い浮かべると胸の奥が温かくなっていく。嬉しいって思う私がいた。


「そうだ。春之信様が、マグノリア様へお渡しして欲しいと、これを預かっています」


 立ち上がったエミリーは、文机から畳まれた一枚の紙を持ってきた。それを開くと、短い文が綴られていた。


「行く水に数書くよりも儚きは思はぬ人を思ふなり……?」


 流れるような字で書かれた文字をやっとのこと読み、私は首を傾げた。

 もしかしたら、これは和歌というものかもしれない。手紙に添える和歌は、エウロパの詩歌を贈る風習と似ていると聞いたことがある。

 ただ残念だけど、まったく意味が分からないわ。

 

 少し行を開けて続くのは、見慣れた春之信さんの丁寧な文章で、ちょっとだけほっとした。


『医者は問題ないと申しましたが、白い顔をされる貴女を見るのは心苦しいです。貴女を案ずる者がいることを、お心に留めて下さい』


 それは和歌の説明などではなく、彼の真摯な思いだった。

 胸の奥がきゅっとなり、頬が熱くなる。


 学園に通っていた頃、好きだとか愛してるとか、簡単に口にして言い寄る男たちを見てきたからか。愛の言葉は何て安っぽいものかと思っていた。でも、そこに綴られる心というものは、とてもとしている。


 これは……好意を抱いてもらってると、勘違いしても良いのかしら。もしそうなら、この手紙って、俗にいう恋文というやつになるのかしら。いや、待って、さすがにそれは考えすぎよね。うん、きっと真面目な春之信さんだから、私を純粋に心配しているだけよ。

 ますます頬が熱くなってきた。

 嗚呼、せめて、和歌の意味が分かれば良いのに。

 

「なんて書かれていたのですか?」


 手紙を睨むように見ていた私が気になったのだろう。エミリーが尋ねてきた。

 

「……倒れた私を心配しているって」

「それだけですか? もっといっぱい書いてあるように見えますけど」

「うーん、まぁ……意訳するとそんな感じよ」


 もう一度、手紙に視線を落とし、エミリーにどう話したらいいのかと悩んだけど、心配されていると説明する以外、何ていえば良いのかしら。


「そうなんですか。私はてっきり、ラブレターを戴いたんだと思っちゃいました」

「ラ、ラブ──!?」


 突然の単語に心臓が跳ねあがった。


「だって、マグノリア様、さっきから頬染めて真剣に読んでるんですもの」

「ち、違うわよ。これは、その……ほら、エミリーは恒和の言葉が分からないし、伝言を頼むより手紙が良いと思ったのよ!」

「そうですかね? でも、好きでもない異性に『あなたを心配してます』なんて手紙を残したりしないと思いますよ」


 首を傾げたエミリーは意味深な笑みを浮かべた。それを見て、私の顔はますます熱くなっていく。

 穴があったら入りたいとは、正にこのことね。


「で、本当のところ、何て書かれているんですか?」


 それは、私が聞きたいわよ。

 この添えられた和歌の意味を、誰か教えて頂戴!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る