第46話 まるで夫婦のような二人?

 モデルと言うから、じっと座っていないといけないのかと思っていた。

 コルセットで苦しいから身動きするのも億劫だけど、椅子に腰を下ろしてじっとしているのも、内臓が圧迫されている感じがして苦しいのよね。


 今、部屋では藤倉様が呼び寄せた浮世絵師が、筆をもって墨一色で私を描いている。


 私の表情や仕草、簪や髪型、ドレスの形まで、様々なものを描いている様子は見ていて面白いわ。何枚も書いているのは、後で全体像を描くためなのかしら。

 それにしても、筆一つで、あんなに多様な線を描けるものだとは知らなかった。エウロパでも絵描きが筆を使うけど、それとはまったく違う描き方だわ。


 浮世絵師の手仕事に興味津々な私を見て、春之信さんは穏やかな笑みを浮かべた。


「面白いですか?」

「えぇ。エウロパの絵描きとはずいぶん違うなと思って。色は使わないのですね」

「彼は元になる絵を描くのです」

「元……ですか?」

「浮世絵は版画ですからね。その主線となる部分をまず描き、それを元に彫り師が板に線を彫ります」

「それから、色を付けるのですか?」

「版画はさらに色ごとに彫られ、それを重ねて刷るのです」

「とても大変な作業ですね」


 驚きに目を丸くしていると、春之信さんは頷く。


「こうして描いてもらえるのは、光栄なことですね」

「きっと、素敵なものが出来上がることでしょう」

「ここまで苦しい思いをしてるのだから、そうあって欲しいです」

 

 お道化どけると、春之信さんは目を細めて笑った。

 そうして笑い合っていると、お茶の用意に出ていたエミリーが戻ってきた。

 

「マグノリア様、お茶をお持ちしました。それと、お客様です」

「お客様?」


 首を傾げると、エイミーの後ろからお雪ちゃんがひょっこりと顔を出した。


「お雪ちゃん! やだ、こんな姿を見られて恥ずかしいわ」

「何を言ってるんですか、マグノリア様。それがエウロパの正装でございますよ」

「で、でも……」

「本来でしたら、いつもの男装の方が恥ずべきお姿です」


 笑って言うエイミーに悪気はないのだけど、さすがに直で言われると私だって傷つくわよ。


「お蘭様、とても素敵でございます!」

「そうかしら」


 目をキラキラと輝かせるお雪ちゃんは、私の周りをうろうろと歩き回った。初めて見るだろうドレスに興味津々な様子だ。

 私だって、恒和の振袖を初めて見た時は、その艶やかさに胸を高鳴らせたもの。まぁ、その後に着せてもらってから、美しさの裏にある苦しみまで体験してしまったけど。


「あ、あの……少しお召し物に触れてもよろしいでしょうか?」


 もじもじしながらも尋ねるお雪ちゃんの可愛らしさに、どうぞと即答したら、春之信さんが顔をしかめた。


「薬師殿、雪を甘やかさないで下され」

「えっ、でも……興味をもつのは良いことですよ」

「しかし、お召し物に触れるというのは、如何なものでしょうか」


 渋い顔をする春之信さんと顔を見合わせていると、私の陰に隠れていたお雪ちゃんが小さくぷっと噴き出した。


「お雪ちゃん?」

「ごめんなさい! でも……お兄様とお蘭様、なんだか、お父様とお母様みたいで、可笑しくて」

「──え?」


 突然の言葉を理解できず、私は首を傾げる。春之信さんを見れば、耳まで赤くしているではないか。つまり、春之信さんと私が夫婦に見えたって言ったという理解で、間違っていないという……こと?

 お雪ちゃんは、小さな手で顔を覆って無邪気に笑っている。

 可笑しな空気になったからか、エミリーが不思議そうに「どうされましたか?」と尋ねる始末だ。

 どうしたって、どう説明したら良いの!?

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