第47話 浴衣を贈られても困ります
ドレスから解放されたのは夕暮れ時だった。
もう今日は何もしないぞと意思を固め、ナイトドレスに着替える。
「コルセットなんて滅べばいいのに」
「何を仰いますか。ウエストがきゅっと細いからこその女性美です」
「ナイトドレスは腰を締め付けなくても可愛いと思うわよ」
「それは寝る時に着るものですから、締め付ける必要がございません」
「昼間に着るドレスだって、締め付けなくても可愛いものがきっと出来るわよ」
ウィッグを外して髪を下ろし、化粧も落として一息つくと、やっとまともに呼吸が出来たような気がする。
「コルセットなしの物があれば、着て下さいますか?」
「それは無理ね。仕事をするなら、やっぱりいつものパンツスタイルの方が楽だもの」
「はぁ……そう言うと思っておりました」
私の髪を梳きながら、エミリーは大げさにため息をつく。どれだけ私にドレスを着せたいのかしら。
そうしてくつろいでいると、お銀様が尋ねてきた。当然、通訳も兼ねている春之信さんも一緒だ。
さすがの私も、いくら楽だからと言ってもナイトドレス姿を見られるのは恥ずかしい。慌ててショールを肩からかけたものの、顔から火が出そうだった。
「お銀様、このような姿ですみません」
「お気になさらず。私こそ、おくつろぎのところ失礼します」
そう言いながら持っていた包みを広げたお銀様は、朗らかに微笑んで、こちらをといいながら私に差し出した。
包みの中にあったのは、白地の着物だった。藍色の縞柄の上に描かれている花は牡丹かしら。
「浴衣にございます。薬師殿にと思い、仕立てさせました」
「……ゆかた? でも、私は帯を締めるのも慣れておりませんし」
「振袖とは違い、楽なものでございます」
にこにこ笑うお銀様の御好意を思うと、何と返したらいいか分からず顔が引きつった。
また苦しい思いをするのはごめんだというのが、正直なとこなんだけど。
お断りの文句を探していると、エミリーが目を輝かせて私を呼んだ。
「マグノリア様。きっと、コルセットよりは苦しくありませんよ!」
「エミリー……どうしてそんなに着せようとするのよ」
「どうしてって、勿論、マグノリア様に美しく着飾って欲しいからです。一度、着てみましょう!」
こうして、エミリーの熱意に押し切られ、私は再び着替えることとなってしまった。もう何もしないぞ寝転がるんだと思っていたのに、何たる悲劇だろうか。
春之信さんが一度退席すると、女中さん達が数人、部屋に入ってきた。
浴衣の着方を学ぶエミリーは真剣そのものだった。私を着せ替え人形よろしく、練習をする未来が見えてくるわ。
帯で締め付けられることを覚悟していたけど、その仕上がりに驚いた。
「……そんなに苦しくない」
「どうですか、薬師様」
「涼しいし、着心地が良いです」
春之信さんがいないので、なんとか言葉を捻り出して、お銀様に応えると満面の笑みで喜ばれた。
帯を締めていると言っても、振袖の時よりも生地が少し薄いのかもしれない。圧迫感は少ないし、コルセットのようにお腹を締め付けられない。背筋が伸びて気持ちがいいし、何よりも、浴衣の生地がとても軽くて涼やかだ。
「これでしたら、着ていられます」
「ようございました。今宵は
「にじゅうろくやまち?」
「満月を拝む特別な日のことです」
初めての言葉に首を傾げていると、春之信さんの声がした。振り返ると、そこにいた彼は濃紺の浴衣姿だった。
「正月と
「さんぞん?」
「阿弥陀、観音、菩薩……神とは違うのですが、人ならざる聖なるものです」
エウロパにはない概念でしょうといわれ、うーんと首を傾げる。天使様のようなものなのかしら。恒和の宗教はよく分からないけど、自然の中に神々しいものを求めるのは同じなのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます