第39話 「私、囮にでも何でもなります!」
「はじめは、我が家のいざこざに巻き込んだのかと思うておりました」
「……いざこざ?」
「藤倉は大名に連なる有力な武家です。古くから国内外の交易船が停泊する関外を管理する役目を担っているおかげで、潤っているのも事実。それゆえに、取って代わりたいと思う者が現れるのは今に始まったことではありません」
エウロパでも、よくある話だわ。ランドルフ侯爵家も大きな港を抱えているため、他勢力と常に睨み合っているもの。そのバランスが崩れれば、戦争だって起きる。
藤倉家や栄海藩の裏事情は分からないけど、もしも、エウロパを訪れた春之信さんが私と同じような目に合ったら、私だってお家事情に巻き込んだかもって思うだろう。
「藤倉のことなら、お祖父様も手を尽くすことが出来ます。しかし、商館のこととなりますと……手を出すのにも、限界があります」
「春之信さん……」
「もしものことが起きてからでは、遅いのです」
厳しい眼差しが、真っすぐに私を見ていた。そこから真剣みが伝わり、胸がきゅっと痛んだ。
確かに、私も不思議に思う点はいくつもあった。その中で一番引っかかっていたのは、夜の施錠だ。
商館に入るためには表門と裏門がある。どちらも、施錠は魔法の鍵で行っている。その鍵で開ける以外は直接魔法を行使する必要がある。ただ、当番の者以外が魔法を使えば、警報が鳴る仕組みにもなっている。あの夜は、静かなものだった。
そもそも恒和国には魔法という概念がない。内部に手引きをする者がいなければ、夜に侵入は不可能だわ。勿論、施錠する前に忍び込んで息を潜めていたとも考えられるけど、そうすると、どうやって出ていったのかが問われる。
内部の者が手引きしたと考えると、腑に落ちる。だけど、だからといって大人しくしていたら、何もできないわ。
私は深く息を吸い、胸の前で手を握りしめた。
「……ヘドリック・スタンリーと繋がっている者がいたとしても、私は、じっとしていられません」
「薬師殿!」
「だって、いつかは捕まえなくてはいけないんですよ。ヘドリック・スタンリーは、もう上陸しているかもしれません」
「だからこそ外に出るのは危険なのです!」
「だったら、さっさと捕まえた方が良いじゃないですか。私、囮にでも何でもなります!」
声を荒げて言うと、春之信さんは目を丸くして動きを止めた。
守ろうとしてくれる彼には申し訳ないけど、私はチャンスを逃したくない。それに、邪魔をする男に負けて堪るもんですか。
春之信さんの漆黒の瞳を見つめ、静かに「お願いします」といえば、彼は深いため息をついた。
「私を、霊孤泉に連れていって下さい」
私が梃子でも動かないと分かったのだろうか。春之信さんは、もう一度ため息をつく。
「本当に、おきゃんで困る。……少し時間をください。供の者を揃えます」
「春之信さん……」
ありがとうございますと礼を口にしようとした時だった。春之信さんの手が、私の手に重ねられた。
「一つだけ、約束してください」
「約束ですか?」
「はい。決して、私の側を離れないと」
「……分かりました。お約束します」
手を握りあうと、春之信さんは真摯な眼差しで「この春之信が、薬師殿の御身をお守りいたします」と静かに告げた。
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