第38話 マグノリアの身を案じる春之信

 エミリーに連れてこられた春之信さんは、「湧き水ですか?」と不思議そうに首を傾げた。


「試作品に、何か物足りない感じがするんです」

「十分よい仕上がりかと思いましたが」

「ただ商品として売るのでしたら、そうでしょう。でも、献上品とするには何かが足りないかと」

「なるほど。それでしたら……霊孤泉が良いかもしれません」

「れいこせん?」

「水源の一つです。少し山を登りますが、早朝に向かえば、日暮れ前に戻ることも出来ます」


 そこまでいって、春之信さんは口籠った。何か不都合のある場所なのかしら。


「あの……もしかして、女人禁制とかって場所ですか?」

「いいえ、そうではありませんが……盗人の件も解決していませんので、薬師殿の身に危険が及ぶのではないかと案じておりました」

「考えすぎじゃありませんか?」


 真面目にな顔にしわを寄せて考える春之信さんは、私を見て小さくため息をついた。


「薬師殿、私とお祖父様は、商館内部の者が盗人を手引きしたのではと考えております」

「──っ!? ま、まさか……」


 突然のことに言葉を失い、息を飲む。

 春之信さんは静かに頷くと、藤倉様と盗人について語り合ったことを打ち明けてくれた。

 

「薬師殿を香りによって酩酊ていめいさせたということは、ただの鼠ではないでしょう。恒和の幻術師が関わっているかもしれません。しかし、お祖父様に上がってきた報告では、関所の記録に鼠の目撃どころか、怪しい出入りすらなかったそうです」

「……つまり、盗人は外に出ていないってことですか?」

「関所を越えずとも出ることは可能です。海を泳ぐか、あるいは……内部の者であれば、騒ぎに乗じて手引きするのは造作もありますまい」

「で、でも! そんなことをして何の得になるんですか?」


 藤倉家は商館と大きな繋がりを持っている。その藤倉家に損害を与えたりしたら、常識的に考えて大問題だ。下っ端がやらかしたら、強制送還まっしぐらじゃない。盗みを働くことに何一つ、メリットはない。


「薬師殿を陥れ、得をする者が一人だけおります」

「……そんな、商館にそんな人はいません!」

「貴女に求婚をしていた男です」

 

 衝撃の発言に、私は口を開けたまま動きを止めた。

 私に求婚をしていた男って、ヘドリック・スタンリーのことよね。でも、彼が恒和に来たとしても、商館に入り込むことは出来ないだろう。そもそも、乗った船だって、栄海の港に着くとは限らない。


「だとしても、私を陥れることに得なんて……」

「得をするという言い方が納得できぬなら、報復と考えてみてはどうですか?」

「報復……」

「聴いたところによると、その男は薬師殿の後ろ盾となられている家門と、仲がよろしくないそうですね。身勝手な男であれば、自身の破滅を他者のせいにすることもありましょう」

「それって、ただの八つ当たりじゃないですか!」

「女人を侍らせ、無体なことをするような男と聞きました。であれば、自身の求婚から逃げて夢を叶えようとする貴女を快く思っていないでしょう。女のくせに、と」

 

 眉間にしわを寄せ、いいにくそうに最後の一言を口にした春之信さんは、膝の上で固く拳を握りしめていた。

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