第37話 献上品は特別なものでなくてはいけない

 残った花の露は、お試し会に来られなかった女中さんへと渡してもらえるよう頼み、今日は解散となった。


 どちらも高評価だった。

 嬉しいけど悩ましいわ。こうなったら、ドワイト商館長に両方とも提出してしまおうかしら。材料の調達とか、予算的な問題とか、色々踏まえて商品化しやすい方を選んでもらってもいいわけだし。

 

 部屋に戻ってレシピ帳を広げながら、取り分けておいたサンプルの小瓶を開けると、華やいだ香りがふわりと広がった。


 高評価だったし、これでいいと思うけど、少しだけ何かが足りない気もするのよね。その何かがいまいち分からないんだけど。

 首をひねっていると、エミリーがお茶をもって部屋に入ってきた。


「マグノリア様、お疲れ様でした。お茶をお持ちしました」

「ありがとう。いただくわ」


 レシピ帳を閉じてエミリーと向き合うと、彼女は意味深な笑みを浮かべる。あ、これはさっきのことを突いてくるパターンね。


「春之信様ったら、大胆ですね。皆さんの前で、愛の告白をされるだなんて」

「……そういうのじゃないと思うわよ」

「でも、マグノリア様を好きな人といってました!」

「あれは好意のあるって意味でしょ」

「ええ。つまり、恋仲になりたい相手へ贈るプレゼントを選ぶならって話ですよね」

「飛躍し過ぎよ。でも、まあ……そこに引っ掛かってはいるのよ」

「愛の告白ですから、気にしない方がどうかしてると思いますよ」

 

 だから、どうしたらそういう話になるのよ。

 両手を合わせて、満面の笑みを見せるエミリーに大きくため息をついた。


「……百歩譲って、春之信さんが私に贈るならって意味で言ったとするわよ」

「譲らなくても、そういう話です」

「エイミー、話の腰を折らないで。もしそうだとしても、譲渡品には茉莉花の方が相応しいと判断したってことよね?」

「贈答品? まあ、そうなるんですかね」

「今回の目的は、大名への献上品を作ることよ。よく考えてごらんなさい。貴婦人が、喜んで庶民の殺到する品を買うと思う?」


 貴婦人という言葉に、エイミーは小さく、あと声をこぼして動きを止めた。

 恒和国でもそうだろいたが、エウロパで身分の高い者たちは全てがオーダーメイドだ。大名家に献上するなら、一回きりではなく、繰り返し納品される御用達ごようたしの品を目指すべきだわ。それくらいしないと、白江城下の大名屋敷にいる奥方様に届かないかもしれないじゃない。


「庶民の間で噂になれば、興味をもって買いに行かせるだろうけど……それでは、大名家御用達にはなれないと思うの。だって、大名家はエウロパで言うところの上級貴族よ」

「言われてみれば……ランドルフ侯爵夫人が愛用されていたものも、私なんかが買えるなものじゃなかったです」

「そうでしょ。だからこそ、庶民受けよりも贈答用としての付加価値を考えないといけないの。だから、春之信さんの言葉が引っ掛かってるの」

「ううっ……私には難しすぎます」

「私にも判断が難しいわ。ドワイト商館長に相談するしかないかしらね」


 苦笑しながらカップに口をつける。

 ふわりと薫る花の香りに肩の力が抜けた。考えることは山のようにあるけど、この一口が、少しだけ気持ちを落ち着けてくれる。


 ふとカップの中を見た。

 ゆらめく琥珀の液体は、しっかりとハーブのエキスがいきわたっていて、喉に流すとその優しさが染み渡る。恒和で淹れた方が、エウロパの水よりもとても柔らかい感じがするのよね。


 もう一度、カップに口をつけ、ゆっくりとお茶を味わう。そうして気付いた。


「ねえ、エミリー。恒和の水って、柔らかいと思わない? 雑味が少ないというか」

「お水ですか? そうですね。ハーブの風味もとっても優しくなりますし……お水もそのまま飲んで美味しいんですよ!」

「そのまま……」

「贅沢ですよね。こんなに美味しいお水を、暑い日は朝から庭に撒くんですよ。草木だけじゃなくて、縁側の周りとか道にまで。何ていったかな……打ち水?」

「ああ、水を撒いて涼しくする方法ね。本当に、恒和は水が豊富よね」


 エウロパでは水が貴重な国も少なくない。ろ過して煮沸までしないと飲めないような場所もあるくらいだ。だから、紅茶や珈琲がよく飲まれるわけだけど。


「もしかして、湧き水はもっと美味しいのかしら?」

「湧き水ですか? 山に登らないと、それは無理そうですね」

「でも、井戸水よりも綺麗よね。……ねえ、それで化粧水を作ったら、凄いものが出来ると思わない?」

「確かに特別感は出ますね」

 

 なるほどと頷くエミリーと顔を見合った。

 そうよ。今回作るのは、大名に気に入られる特別製でなければならないのよ。庶民が羨ましがるような。


「……春之信さんなら、湧き水のことを知っているかしら」


 ふと疑問を口にすると、エミリーの顔がぱっと笑顔になった。すくっと立ち上がった彼女は「呼んで参ります!」といい、私が止める間もなく春之信さんを呼びに行ってしまった。

 行動力があるのはありがたいけど、なんだか少し不純な動機を感じるわ。

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