第34話 藤倉の末娘、お雪


「薬師様、お初にお目にかかります。お雪にございます」

 

 お銀様の横で春之信さんの妹、お雪ちゃんはにこりと微笑えんだ。とても小柄で愛らしい子だ。幼さが残る顔は十歳を迎えたくらいに見えるけど、背筋を伸ばしてしゃんとする姿が、どこか大人の女性を思わせた。


「はじめまして。マグノリア・プレンティスです。急に、お邪魔をして申し訳ありません」

「薬師様は恒和の言葉がお上手ですね!」

「少しだけです」

「十分でございます!」


 お雪ちゃんの笑った顔は年相応な感じで、内心ほっとした。


「薬師様とお話をさせて欲しいと何度もお願いしたのに、お兄様はちっともお連れ下さらないので、嫌われてるのかと思ってました」

「薬師殿は遊びに来たのではない」

「もう! お兄様はお固すぎます! 薬師様、今日だけと言わず、これからも雪とお話してくださいませんか? 雪もエウロパのことが知りとうございます!」


 矢継ぎ早に話しかけてくるお雪ちゃんは、目をキラキラとさせている。さっきまで、大人顔負けで私を迎えてくれた姿は幻だったのか。


 好奇心旺盛な顔に思わず頬を緩めて「こちらこそ仲良くしてください」と返すと、彼女は手を合わせて喜んだ。今にも跳びはねそうなほど興奮している様子を見ると、彼女は恒和で言うところのなのだろう。


 勝手に私と近しいものを感じていると、春之信さんが深々とため息をついた。


「薬師様は、マグノリア様と仰られるのですよね?」

「はい、そうです」

「お名前に由来はあるのですか?」

「由来?」

「はい。雪は、寒い冬に生まれました。その時、庭に降り積もる雪が美しかったそうです。清らかな白い雪のような心で育って欲しいと、願ってつけた名だと聞きました」


 少し照れた顔をしながら話してくれたお雪ちゃんは、期待の眼差しを私に向けてきた。


「マグノリアとは、花の名前です。恒和では確か……木蘭もくらんといったでしょうか。私が生まれた時、とても美しい白い花が咲いていたそうです」

「では、木蘭の花のように育って欲しいと、お国のご両親は思われたのですね」

「そうだと思います」

「お雪は、木蘭の香りが大好きです。爽やかな甘さで、春の風が届けてくれると幸せになります」


 瞳を閉ざしたお雪ちゃんは、春の景色と香りを思い出しているのだろう。幸せそうに口角を上げた。かと思えば、ぱっと瞼を上げ、期待の眼差しを向けてくる。


「あの、薬師様……もしよろしければ、お蘭様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「お蘭?」

「雪、薬師殿を困らせてはならぬと、あれほど言っておいただろう」

「でもでも! お雪は、薬師様ともっと仲良くなりとうございます!」

「しかし、名前をそのように──」

「あ、あの、なぜに、お蘭なのですか?」


 渋い顔をしている春之信さんの言葉を遮って尋ねると、お雪ちゃんはきょとんとした。


「薬師様のお名前が木蘭の花だと聞いたからです! お木蘭では長いですし、可愛くないですから」

「あぁ、そういうことですか。でも、蘭では他の花になってしまいますね」

「……やっぱり、ダメですか?」


 二つの花姿を思い出したら可笑しくなってしまい、思わず笑い声を零すと、お雪ちゃんはしょぼんとしながら上目遣いで私を見てきた。そんな顔を見たら、ダメとは言えなくなっちゃうわね。


「いいですよ」と返せば、喜んだお雪ちゃんは立ち上がり、振袖の裾を蹴るようにして私に走り寄ってきた。それまで黙って見守っていたお銀様も、これと声を上げてお雪ちゃんを嗜める。だけど、当の本人は全く気にもしていない。


「お蘭様、仲良くしてくださいましね!」

「こちらこそ。なんだか、妹が出来たようで嬉しいです」

「私のことは、お雪とお呼びください!」

「雪……あまり薬師殿を困らせるでない」

「お兄様は黙っていてくださいまし!」

 

 どうやら妹には勝てないらしい春之信さんはため息をつき、お雪ちゃんは期待の眼差しで私を見上げてきた。


「では……お雪ちゃん、と呼ばせて頂いても良いですか?」

「嬉しゅうございます!」


 喜んだお雪ちゃんが私に抱き着くのと、こほんっと咳払いが聞こえたのはほぼ同時だった。


「お雪様、はしたのうございますよ」

 

 振り返ると、いかにも先生といった雰囲気の女性が佇んでいた。彼女を見たお雪ちゃんは、慌てて姿勢を正した。

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