第27話 「私が、薬師殿をお守りします」
盗人が入ったことを藤倉家へ急ぎ伝えると、午後には春之信さんが駆け付けてくれた。
「経緯は分かりました」
「本当に、ごめんなさい! 藤倉様にも、何とお詫びしたら良いのか……」
「そう気に病まれることはありません。お祖父様も、お怒りではありません」
謝ることしか出来ない私に対し、春之信さんは顔色一つ変えずにさらりといった。
あんな貴重なものを失くしたのに、どういうことだろうか。もっと咎められると思っていた私としては、拍子抜けも良いところだ。
零れかけた涙も引っ込み、言葉を失っていると、春之信さんはそれにと話を続けた。
「あれは写しですから、気になさらぬように」
「……写し」
「原書は屋敷にありますから」
「よくよく考えれば、そうでしたね」
そうよね。原本はちゃんとお屋敷にあるんだったわ。
ほっと安堵すると、身体から一気に力が抜けた。椅子に座っていて良かったわ。もしこれが立ち話だったら、腰を抜かして床に座り込んでいたに違いない。
「お祖父様からの提案を伝えに参りました」
「藤倉様からの、提案?」
同席していたドワイト商館長と声をそろえて聞き返せば、春之信さんはこくりと頷く。
「薬師殿には、しばらく藤倉の屋敷に滞在を願います」
「……え?」
「何者か知れませんが、薬師殿が狙われているのかもしれません」
「まさか! それは、日誌を持っていたのが私だったから、たまたまでして」
「そうかも知れません。ですが、盗人の目的が他にあり、私たちと繋がりのある薬師殿を利用しようと企んでいる可能性も否めません」
「……それは、考えすぎではありませんか?」
「用心に越したことはありません。恒和には幻術を使う者もおりますゆえ」
「幻術?」
「人の心を惑わせる術です。それにもしもの時、貴女はどう対処される。相手が力ずくで行動に出た場合、その身を守るすべはありますか?」
「そ、それは……」
「お祖父様は、貴女に危害が及ぶことを心配しております。己の日誌を手渡したがゆえ、何か他のことに巻き込んでしまったのではないかと」
真っすぐに私を見ていた春之信さんの目が、少し伏せられた。
「私も、お祖父様と同じ思いです。藤倉家は大名家の縁戚になります……ここでは話せない騒動もあるのです。それに、貴女を巻き込んだとあれば、お国のご両親に申し訳が立ちませぬ」
「で、でも! それは同じです。私も……もしも、私の活動を邪魔しようとしてる人がいて、藤倉様や春之信さんを巻き込んだのであれば……」
「同じではありませぬ! 命が狙われるやもしれないのです」
春之信さんのひときわ大きな声に驚き、私は思わず口を引き結んだ。
いつも静かな湖面のような雰囲気をまとっている春之信さんが、こんな感情的に声を荒げるなんて。
だけど、今から藤倉様のお屋敷に引っ越すなんて、急すぎて困るというのが本音だ。
黙っていると、春之信さんはゆっくりと息をついた。
「私が、薬師殿をお守りします」
突然の宣言に、私はなおのこと返事に困ってしまった。だって、命が狙われるなんて想像が出来ないし、飛躍しすぎだわ。
もしかしたら、単に、私の不手際でどこかに日誌を置いてきてしまったのかもしれない──いや、そんなことある訳はないのだけど──ぐるぐると考えていると、ドワイト商館長がこほんっと咳払いをした。
「ひとまず、紛失が藤倉様の損害になっていないことは分かりました。盗人の捜索はこちらでも行います」
「藤倉でも探しますゆえ、何か分かりましたら知らせてください」
「承知しました。──マグノリア、今すぐ屋敷に向かう用意をしなさい」
「商館長!? 何を言ってるんですか。花の露だってまだ」
「機材も一式持っていけばよい」
「で、でも……」
「お前が、とやかく言える立場か? 藤倉様たちのお心を
商館長の冷静で厳しい眼差しに、私は言葉を失った。
「春之信様、マグノリアの侍女をつけてもよろしいですかな? こちらとの連絡役にもなりましょう」
「はい。薬師殿も、お一人では心細いことでしょう」
「ありがとうございます。エミリー、恒和の言葉が分からず大変かもしれんが、マグノリアと共に行ってもらうぞ」
同席する通訳が、事の次第をエミリーに伝えると、彼女の顔に緊張が走った。だけど嫌そうなそぶりは微塵も見せずに頷く。
「かまりました。今すぐ商館を出る準備をいたします」
「マグノリアを頼んだぞ」
「お任せ下さい!」
こうして慌ただしく、私はエミリーと共に藤倉様のお屋敷へ移り住むこととなった。
ひとまず期限は、盗人が見つかるまでとの約束だけど、私、どうなっちゃうのかしら。もしかして、自由に外へ出られなくなるんじゃないのかな。
心配は尽きないけど、決まっていしまったことにどうこう言えるわけもない。私は早々に商館を出て、藤倉家に向かった。
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