第24話 改めて握った手は、大きくて温かかった
歓談を楽しんでいると、藤倉様が春之信さんに庭を案内してはどうかと提案した。
「マグノリア殿は、はじめて屋敷を訪れた時も庭を気に入ってくれたようであったな」
「エウロパにはない、絵画のように美しいお庭でしたので、つい見とれてしまいました」
「ではぜひ、歩かれるとよい」
うんうんと藤倉様が頷くと、春之信さんは静かに立ち上がった。そうして、こちらにといって私を促す。
エミリーをちらり見ると、目を細めて微笑ましく私を見ている。あれは、何か勘違いをしている顔だわ。
「それでは、お言葉に甘えてお庭を拝見させていただきます。エミリーも一緒に」
言いかけた時だった。藤倉様がエミリーを見て話しかけた。
「侍女殿、名はエミリーといったか? 少々聞きたいことがあるゆえ、残って欲しいのだが」
「私、ですか?」
「そうだ。何、大したことではないのだがな」
「でも、マグノリア様のお側を離れるのは……」
困ったような素振りをするエミリーだが、私を見て目を輝かせながら、何か訴えているようだった。
「……エミリー、藤倉様にはとてもお世話になっています。粗相のないようにね」
「かしこまりました!」
目を輝かせて頷くエミリーに一抹の不安を感じながら立ち上がると、春之信さんは再び、こちらにと促すようにいって縁側へと出た。その下を見ると、可愛らしい履物が用意されている。確か、草履だったかしら。
履物になんとか指を通して立ち上がると、春之信さんが「足元、お気を付け下され」と声をかけてきた。
「それでは、案内役を務めさせて頂きます」
「よろしくお願いします」
なんだか堅苦しい挨拶になったけど、真面目一辺倒な春之信さんらしくて、むしろその方が和んでしまう。
頬を緩めていると、すっと彼の手が差し伸べられた。はて何かなと首を傾げると、彼の白い頬が僅かに赤く染まった。
「エウロパでは挨拶をする時、このようにするのだと、お祖父様に習ったのですが……違いましたか?」
「あぁ! いいえ、間違ってません!」
説明され、握手を求められていたことに気付いた私は、彼の大きな右手をそっと握った。私の手をすっぽりと包んでしまいそうな手は少し固く、とても温かい。その手を放すのが名残惜しく感じたのは、その温かさゆえだろうか。
きゅっと力を込めれば、さらに掌に熱がこもる。
「……エウロパでは、男女でもこのように手を握り合うのですか」
「え? まぁ、そうですね。挨拶の時にも、こうして手を握り合って、少し手を振るんです」
春之信さんの手を軽く振って指から力を抜けば、彼の手が離れていった。
「この挨拶は、武器を持っていないことや敵意がないことの現れから始まったそうです」
「なるほど。武士にとって、利き手を預けるというのは、少々抵抗を感じます」
「そういうものですか?」
「ええ……それに、
女子と言われ、はたと気付く。
日頃から春之信さんが親切にして下さっているから、とても身近に感じていたけど、こんなに馴れ馴れしくしてはいけなかったのかもしれない。だって、恒和の文化では、女性は男性の後ろから静かについて行くのが習わし。人前でハグをしたり、仲良く手を繋いだりなんて、まず見られない。それに、よくよく考えたら、私は単なる客人だ。
「あの……嫌、でしたか?」
「いいえ、そうではなく……むしろ、気安くお手に触れるのは、失礼ではないかと案じてました」
恐る恐る尋ねたことに、彼は少し照れた顔で返してくれた。
細められた目が優しくて、引き込まれるようだった。
「薬師殿?」
「あ、あの……失礼なんてこと、ないです。その……春之信さんの手は、その……」
言いかけて、大きな手に視線を向ける。父とも兄とも違う、厚く優しい掌はとても温かい。
少し硬い指先で握られた時の感触を思い出し、私は耳まで熱くしていた。
「好き、です……春之信さんの手、とても温かくて」
輝く黒曜石の瞳が驚きに見開かれ、しばらくしてから、慈愛に満ちた低い声がありがとうございますと言った。
参りましょうかと誘われ、燦燦と日が降り注ぐ庭へと踏み出した。
首筋が熱いのは、日差しのせいだろうか。熱を持った首筋にそっと指を当て、私はそろりそろりと歩を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます