第23話 藤倉家の奥様からおもてなしをされる②(①が長すぎたため分割しました)

 髪も丁寧に結われて出来上がった私の姿は、別人のようになった。

 鏡に映った姿を前にして、私は言葉を失う。長い赤毛は大きく横に広がるよう結い上げられ、華やかに飾られている。これから夜会にでも行くようだ。


「綺麗な髪ですね。恒和にはない色ですが、とても艶やかで、手入れもしっかりされていて」

「……恒和の方のような黒髪に、憧れてました。この色は派手過ぎて……」

「あら、牡丹の花のようで素敵ですよ」


 髪を整えてくれたお菊さんは、恥ずかしげもなく褒めてくれた。

 牡丹の花か。母には薔薇の花のようといわれていたけど、恒和の人も花に譬えるのね。


 照れくさくて思わず俯くと、お銀様が「照れていらっしゃるのね」と、微笑まれる声が聞こえてきた。はい、とっても恥ずかしさでいっぱいです。


「頬も牡丹のように染まってますわ」

「せっかく咲いた牡丹ですから、殿方にもお披露目しませんとね」


 穏やかに微笑むお銀様とお菊さんの会話は、通訳を介さなくても何となく分かった。


 今から、別の部屋で待っている藤倉様やドワイト商館長、弥吉さん、それに春之信さんにお披露目しようと言っているのだろう。

 こんなの、いい見世物じゃない。出来れば今すぐ、いつもの服に着替えたい。


 まごまごとしていると、お銀様のぽってりとした柔らかな白い手が差し伸べられた。それを拒むことが出来ず、私は渋々と立ち上がる。


「恥ずかしいです。こんな格好……これっきりですからね」

「でしたら、次はもう少し動きやすい、町娘たちが着るものを用意しましょうか」

「……勘弁してください」

 

 手を引かれながら、足をするように歩くのが精いっぱいで、長い裾に躓くんじゃないか気になって仕方ない。

 足元ばかり見ていた私は、聞きなれたドワイト商館長の驚く声に釣られ、顔を上げた。


「これは、天女のお出ましだな」


 ご機嫌な様子の藤倉様の声で、恥ずかしさがつま先から頭のてっ辺まで駆け抜けた。

 穴があったら入りたいくらいだわ。


 畳に腰を下ろしたは良いけど、背中で豪勢に結ばれた帯が気になって仕方ない。椅子に寄り掛かったら押し潰しちゃいそうだし、恒和に椅子の文化がないのも頷けるわね。

 藤倉様はまるで孫を見るような目で私を見ているし、気恥ずかしさがさらに増していく。


「マグノリア殿は、誠に美しい。振袖の牡丹も霞んで見えるな」

「……ありがとうございます。振袖とは苦しいものですね」

「着なれぬと、そうであるか」


 ご機嫌な藤倉様が頷く横で、ドワイト商館長は口をあんぐり開いている。


「いやぁ……こういうのを、恒和では何と言いましたかな。馬子にも衣裳?」

「ドワイト、それは褒めておらぬぞ」

「そうなのですか? いや、てっきり褒め言葉かと思っておりました」

「こういう場合は、そうだな……国色天香こくしょくてんこうのようだと称えるのが良かろう」

「こくしょくてんこう?」


 聞き覚えのない言葉に、ドワイト商館と私だけでなく、通訳も首を傾げた。それを見て、藤倉様は持っていた扇子を閉じると、それで振袖の牡丹柄を指し示した。

 

「牡丹の花のことだ。艶やかな髪もまた、牡丹の花が咲いたようではないか」


 藤倉様の言葉に、お銀様とお菊さん、それに弥吉さんも大いに頷いている。そう言えば、お銀様もさっき、私のことを牡丹の花のようだと言っていたわね。

 そんな大層な花にたとえられるなんて、私としてはむず痒いのだけど。


 再び顔から火が出そうになり、お礼を言うのも忘れた私は俯いた。


 恒和の男性は、女性を褒めるのが得意なのかもしれない。そうよ、これって社交辞令なんだわ。そう思わないと、この場にいられそうにもないというのに、藤倉様は「そう思わないか、春之信?」と、黙っている春之信さんに話題をふった。


 ややあって、そうですねと相槌を打つ声がした。

 驚いて顔を上げると、黒い瞳と視線が合う。


とは、よく言ったものだと思っておりました」

「……女は、なんですか?」

「衣装や髪を整えると、女は見違えるということです」


 なるほど、そうよね。衣装のおかげで綺麗に見えているだけだもの、恥ずかしがるもんじゃないわよね。

 淡々と説明をしてくれた春之信さんのおかげで、私の浮ついた気持ちがすっと静かになった。

 

「ですが、これでは仕事になりません。私は薬師ですので、着飾る必要もないかと思います」

「こら、マグノリア。せっかく皆さんが用意をして下さったのだぞ。その言い方はないだろう」

「眺める分には、素晴らしい衣装です。でも、私にはいつもの服が一番だと思います」

「やれやれ。侯爵様から聞いてはいたが、本当に着飾ることに興味はないのだな」


 ドワイト商館長がいくら呆れたって、私の気持ちは変わらない。着飾る暇があるなら、薬草園で薬草の手入れをした方が何倍も有意義だ。


 そもそも、今日はお茶に招待されたんじゃなかったかしら。これでは、満足に味わえなさそうだわ。

 ふうっと息を吐くと、藤倉様がやれやれといって苦笑するのが目に入った。


「春之信に、少し色香に興味をもって欲しいものだと思っていたが、マグノリア殿もとは誤算であったな」


 ぶつぶつと何か言っている藤倉様の言葉は、いまいち聞き取れなかった。だけど、それを聞いた通訳が目を丸くしてちらりと春之信さんを伺ったのを見ると、彼女には意味が分かったのだろう。何ていっていたのか尋ねようとした時、春之信さんが小さく咳払いをした。


「薬師殿にお礼をと思っての席で、困らせるのはいかがなものかと存じます」

「うむ。そうであったな。──マグノリア殿、今日は恒和の茶と菓子を用意した。ゆっくりしていかれよ」

「え、ええ……ありがとうございます」


 聞きそびれてしまった藤倉様の言葉を気にしつつも、運ばれてきたお茶とお菓子をいただくことになった。

 それから薬を渡した蕎麦屋の娘さんの話や、ここらで流行っている花の露について話しているうちに、不思議と胸の苦しさが気にならなくなっていた。案外、慣れるものね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る